巻1第16話 鴦掘摩羅切仏指語 第十六
今は昔、天竺に鴦掘摩羅(あうくつまら、アングリマーラ)という人がありました。指鬘比丘(しまんびく)の弟子です。師から受けた外道(仏教以外の信仰)の法を学んでいました。
師の指鬘比丘は鴦掘摩羅に言いました。
「千人の指を切り、天神に祀って、王位を得て天下を治め、富貴を得よ」
鴦掘摩羅はこの言葉を聞いて、竜が水を得たように力を得て、右手に剣を持ち、左手に馬の索をとって走り出ました。
ところが、道のはじめに、釈迦如来が太子として父の宮を出て、はじめて仏の道についたところに出会ったのです。太子は鴦掘摩羅の考えを知り、後戻りしました。鴦掘摩羅は叫びながら後を追いましたが、釈尊は疾く走り、追いつくことができませんでした。
鴦掘摩羅は大声でたずねました。
「あなたは『一切衆生の願いを叶えるために、利生の道に入った』と聞いた。私は『千人の指を切り、天神に祀り、王位を得よう』と考えている。あなたはなぜ指一本を惜しんで、私の願いをしりぞけるのか」
太子はこの言葉を聞くと、鴦掘摩羅に指を与えました。彼はたちまち悲の心をおこし、はじめの考えを悔いて、道についたと伝えられています。
【原文】
【翻訳】
草野真一
【校正】
草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
草野真一
この話では鴦掘摩羅がなぜ指を集めるのかについてふれられていないが、以下のような話が伝えられている。
師の不在中、鴦掘摩羅は師の夫人に誘惑された。鴦掘摩羅はこれを拒むが、夫人は自分で服を破いて乱暴されたと夫に訴える。師は鴦掘摩羅に「千人の指を集めろ。千人の指が集まったら最後の教えを授ける」と伝えて遠ざけた。鴦掘摩羅は師の教えどおり指を集めはじめた。
千人めが釈尊であり、これに失敗することで釈尊の弟子になりました、という話。
「千人目標であとひとりというところで阻まれる」には多くのパターンがある。もっとも有名なのは五条大橋の弁慶だろう。
世界大戦の折、わが国の女性のあいだでさかんに行われた千人針という風習も、このあたりがルーツなのかもしれない。
指鬘比丘は鴦掘摩羅の別名とされているが、この話では師の名前になっている。
最後の問いは、まさに。指を切って差し出す以外の解決は欺瞞だ。
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