(①より続く)
難陀は「妻のところに帰りたい」という気持ちを捨てきれませんでした。
仏が外出しているすきに出ていこうと考え、扉に近づくと、扉はたちまち閉まり、また別の扉が開きました。開いている扉から出ようとすると、今度はその扉が閉まり、ほかの扉が開きました。やがて、仏が帰ってきました。結局、出られなかったのです。
「また仏が出かけられたら、そのときに妻のところへ行こう」
そう考えていると、仏は外出されると聞きました。
仏は難陀に箒を渡し、「ここを掃いておきなさい」と命じて出かけました。
難陀ははやく掃き終えようと急ぎましたが、風が集めた塵を吹返し、掃き終える前に仏が帰ってきてしまいました。
その後、ふたたび仏が外出した折、難陀は僧房で考えました。
「仏は必ず行った道から帰ってくる。別の道を通れば、妻のところに行ける」
仏はその心を察し、難陀の行く道から帰って来られました。難陀は向こうから仏がいらっしゃるのを見て、大樹の影に隠れました。樹神はこれを見て、大樹を虚空に持ち上げてしまいました。難陀の姿はまる見えになりました。仏は精舎に帰りました。
難陀はどうしても妻のところへ行くことができませんでした。
仏は言いました。
「道を学べ。今のことだけに惑わされ、後世を考えないのは愚かなことだ。私はこれから、おまえに天上の世界を見せてやろう」
仏と難陀は忉利天(とうりてん、宇宙の中心)にのぼりました。幾多の宮殿があり、天子や天女が遊び楽しんでいました。
ある宮殿を見ると、幾多の宝によって荘厳されており、たとえようもない美しさです。五百人の天女がありましたが、天子はおりません。これを見て難陀が問いました。
「この宮殿には、天女はたくさんいるようですが、天子がいないようです」
仏が天女に問うと、天女は答えました。
「閻浮提(現実世界)に、仏の弟で難陀という人がおります。最近出家されました。その功徳によって、命が尽きた後はこの宮に入ります。その方を天子とすることが決まっているので、ここには天子がないのです」
難陀はこれを聞いて、「私のことではないか」と思いました。
仏は難陀に問いました。
「おまえの妻は美しいというが、この天女と比べてどうだ」
「この天女に比べると、私の妻は猿のようなものです。私自身も同じようなものです」
難陀は天女を見て、妻のことを忘れ「ここに生まれよう」と思いました。戒を保つことを心に決めました。
次に、仏は難陀を地獄につれていきました。
その道すがら、鉄囲山(宇宙をとりかこむ山)を越えると、獼猴(みこう、『西遊記』にも登場する巨猿。聖なる猿)女という女たちがいました。彼女たちの美しさはたとえようもありません。
女たちの中に、孫陀利(そんだり)という者がありました。仏は問いました。
「おまえの妻は、この孫陀利と比べてどうだろう。美しいか」
難陀は答えました。
「百千倍しても及ぶものではありません」
仏はさらに問いました。
「さっきの天女と孫陀利を比べたらどうだろう」
「やはり百千倍しても及ぶものではありません」
仏と難陀はついに地獄に至りました。
地獄の釜はぐつぐつと沸き立ち、人を煮ています。難陀はこれを見て恐怖しました。
ふと見ると、釜の水は煮えたぎっているのに、人が入っていないものがあります。難陀は獄卒にたずねました。
「なぜこの釜には人が入っていないのですか」
獄卒は答えました。
「閻浮提にいる仏の弟・難陀は、出家の功徳を以て、?利天に生れる。その命が尽きると、ここにやって来る。私は彼が来るのを待っているんだ」
難陀はこれを聞くと、とても怖れました。
「仏よ、私を閻浮提に連れて帰ってください」
「戒律を守り、天上界に生まれなさい」
「私はもう、天国に生まれたいとは思いません。その後に地獄が待っているからです」
仏は難陀とともに閻浮提に戻り、難陀のために一七日の法を説きました。難陀は阿羅漢果(あらかんか、聖者となること)を得たと伝えられています。
【原文】
【翻訳】
草野真一
【解説】
草野真一
出ていこうとすると扉が閉まり、別の扉が開く。ああこれドリフだなと思い、そういやホラーでもこんなのあったなと思い出した。二者の近似がよくわかりました。
妻のくだりが納得いかない人は近代の病に冒されています。
詳細は下記。
ちなみに地獄って聞くと、これしか思い出さないんだ。
地獄は楽しいところだぜ。
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