巻一第二十八話 その気がないのに出家した酔っぱらいの話

巻一(全)

巻1第28話 婆羅門依酔不意出家語 第廿八

今は昔、天竺に一人の婆羅門(バラモン、最上カーストである僧侶階級)がありました。酒に酔い、仏のいらっしゃる祇園精舎に行きました。酔っているため、本心を忘れ、思ってもいないことをしてしまいました。
仏に申し上げました。
「出家します」
仏は阿難に命じ、彼を出家させました。

婆羅門が酔いから覚めて、我が身を見ると、すでに髪を剃り、法衣を着ていました。おおいに驚いて、走り去りました。

御弟子は仏に問いました。
「どうしてあの婆羅門は驚いて走り去ったのですか」
仏は答えました。
「彼は無量劫(たどれないほどの昔、前世をふくむ)、一度も出家しようと考えることはなかった。しかし今、酒に酔って心を失っているために、出家して法衣を着た。酔いが覚めてから、驚いて走り去った。このことによって、悟りを成就するだろう」

仏は飲酒をいましめましたが(不飲酒戒)、この婆羅門は、酔ったために出家したので、酒をゆるしたのだと語り伝えられています。

巻四第一話 はじめての結集、阿難が批判された話
巻4第1話 阿難入法集堂語 第一 昔、天竺で、仏が涅槃に入った後、迦葉(大迦葉、だいかしょう、マハーカッサパ)尊者を上座として、千人の羅漢(聖者)が集まり大小乗の経の結集をおこないました。 阿難(あなん、アーナンダ。釈迦の身...

【原文】

巻1第28話 婆羅門依酔不意出家語 第廿八
今昔物語集 巻1第28話 婆羅門依酔不意出家語 第廿八 今昔、天竺に一人の婆羅門有けり。酒に酔て、仏の祇薗精舎に在す所に詣ぬ。酔に依て、本の心忘れぬ。仏に白して言さく、「自ら出家せむ」と。仏、阿難を以て、出家せしめ給ひつ。

【翻訳】
草野真一

【解説】
草野真一

前話にひきつづき、出家の功徳を述べた話である。

新興宗教の隆盛により、出家は悪いイメージが着いてしまった感があるが(出家とは文字どおり身ひとつで家を出ることで財産の寄進を求めるのはニセモノである)、仏教においてはもっとも崇高な行いとされていた。

不飲酒戒という戒律があることでもわかるように、仏教では酒を飲むことは戒律に違反する罪深い行為である。この話は、戒律を守ることよりも出家することのほうが功徳があることを述べている。

インドでは、今でも隠居する年齢になると家を出て真理を探究するのが正しい人生であるという常識がある。出家は仏教にかぎったものではなく、インドの伝統的な信仰のかたちだと考えるべきだろう。

ちなみに、自分が知ってる坊さん(日本人)に不飲酒戒を守ってる人はひとりもいない。破戒を破戒とも思ってない坊主ばっかりさ。不幸にもそういう人にばっか会ってんのかね。

落語の『大山詣り』は、乱暴者の酔っぱらいが目覚めたら坊主にされていたという話である。

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