巻一第五話② リクツだけじゃダメなんだ(釈迦伝11)

巻一

巻1第5話 悉達太子於山苦行語 第五

巻一第五話①より続く)
太子は阿羅邏(あらら)仙人のもとに参りました。
天人たちが仙人に告げました。
「悉達(しっだ)国の王子が、国を捨て、父王と別れて、無上正真の道を求め、一切衆生の苦を救うために、ここにやって来ます」
天のお告げを聞いた仙人が見ますと、太子は限りなく美しいのです。すぐに迎え、座につけました。
仙人は言います。
「昔、諸の王は、血気さかんなころ、欲望のままに行動されたものです。国を捨て出家して、道を求めることなどありませんでした。今、あなたはまさにその年齢だというのに、欲を捨て、ここにいらっしゃいました。本当にまれなことです」
太子は答えました。
「ほめていただき、とても光栄に思います。どうか私のために、生老病死を断ずる法をお教えください」

出家した釈迦は高名な仙人を訪ね、教えを請う。2世紀、ガンダーラ

仙人は言いました。
「衆生の始は、寛より我慢を発します。我慢より痴心が生まれます。痴心より染愛が生まれ、染愛より五微塵気が生まれます。五微塵気から五大が生じ、五大から貪欲・瞋恚(しんに、怒り)などの煩悩を生じます。これが、生老病死・憂悲苦悩に流転するのです。今は概略のみ述べました」
太子は言いました。
「私はあなたが語る生死の根本を知りました。では、どうやってそれを超克するのですか」
仙人が言いました。
「この生死のもとを超克しようと思うならば、出家して戒を保ち、忍辱を行じ、閑かなところで禅定を修し、悪欲など、不善の法を遠ざけることです。そうすれば解脱は可能です」
太子は問いました。
「あなたは、何歳で出家し、何年修行をしているのですか」
仙人は答えました。
「私は16歳で出家して、104年修行を続けています」

太子はこれを聞いて思いました。
「この人は104年も修行をして、この程度のことしかわからないのだ。私が求めているのは、もっと上の段階だ」
太子は座より立ち、仙人に別れを言いました。仙人は太子の去るのを見て思いました。
「太子の智恵はとても深く、推し量ることはできない」
合掌して見送りました。

巻一第五話③に続く)

【原文】

巻1第5話 悉達太子於山苦行語 第五 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

初期の仏典(『マッジマ・ニカーヤ』)にこんな話がある。

人が毒矢に当たって苦しんでいる。そのとき、「矢を射た人は背の高い人か低い人か、男か女か、色が白かったか黒かったか、バラモンか奴隷か」などと問うても意味はない。そんなことを問うているうちに、人は毒が回って死んでしまう。(「毒矢のたとえ」)

釈尊が登場した時代は、文明が急速に進展し、インドを古くから支えていたバラモン教(ヴェーダの宗教)が現実に対応できなくなり、多くの思想家が現れた時代であったという。釈迦はその思想家のひとりであった。

思想家の中には、いろんなことを言う人がいた。中には、人間とはいくつかの構成要素の集合体だから、首をはねても、構成要素の間を刃がスーッと通っていくだけである、と真面目に論じる人がいたという。まあ、科学的にはそういうことだろうけど、ねえ……。

ここで阿羅邏仙人が語っていることは、翻訳者にはまるでわからない。悉達太子にはわかったのだろうが、とった行動は上のとおり。「去った」のである。

リクツこねるのって簡単だ。大変なのは、そのリクツをどうやって実際の行動に落とし込んでいくかだ。
1億円かせぐ方法を語ってるやつは多いが、実際に1億円を手にしてるやつはほとんどいない。たいがいはまやかしだ。舌先三寸は現代でもあっちこっちに見られるが、この時代にも珍しいことではなかったのである。

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