巻10第17話 李広箭射立似虎巌語 第十七
今は昔、震旦の漢の時代に、李広という人がいました。勇猛果敢な人で、特に弓術に勝れた腕を持っていました。
ある時、一匹の虎が李広の母を襲いました。このことを人から聞いた李広が驚き慌てて帰ってきて見ると、まさに母は虎に喰い殺されておりました。すぐに李広は弓矢を持ち、虎の跡をつけて追っていきました。
じきに、ある山あいの野の中にまで追い至って見ると、虎が体を伏せて横たわっていました。李広は憎き虎を見つけたと喜んで、矢を射かけました。矢はみな矢筈の根本まで深く刺さっています。
母を殺した憎き虎を射殺したと喜んで近寄って見てみますと、それは虎の姿に似た岩でありました。「馬鹿な」と思って、その後もう一度矢を射かけましたが、矢は刺さるどころか、みな跳ね返されてしまいました。
この時李広は「『私の母を殺した虎を射殺してやる』と思う心の深さ故に岩にも矢が刺さったのだ。『岩だ』と思って矢を射かけても矢が刺さるはずはない」と思い至り、泣く泣く還りました。
その後、このことが広く世間に知れ渡り、李広が虎を追って行って矢を射かけた心根を讃め称えたといいます。
そのため、「誠心誠意ことに当たれば、このようなことも起き得ることだ」と世間の人々は口々に話したと、語り伝えられています。
【原文】
巻10第17話 李広箭射立似虎巌語 第十七
今昔物語集 巻10第17話 李広箭射立似虎巌語 第十七 今昔、震旦の□□代に、李広と云ふ人有けり。心猛くして、弓芸の道に勝れたり。 而る間に、一の虎ら、李広が母を害せり。人有て、李広に此の由を告ぐ。李広、此れを聞て、驚て来て見るに、実に母、虎の為に害せされたり。然れば、李広、弓箭を取て、虎の跡を尋て追ひ行く。
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一

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