巻10第21話 長安女代夫違枕為敵被殺語 第廿一
今は昔、震旦の唐の時代に、長安に一人の女がありました。美しい容貌の、正直な人でした。
この女には夫がありました。そしてこの夫には敵がいました。
その敵が夫を殺そうと夫婦の家へやってきました。その時、夫は他所に居て、家を留守にしていました。敵は家に忍び込み、夫がいないのを見て、女の父を捕らえて縛り上げました。女は、父が縛られていると聞いて慌てて中から出てきました。
敵は女を見ると、「私はお前の夫を殺そうと思いここに来た。しかしやつはいない。お前が夫を隠して出さないなら、お前の父を殺してやる」と脅しました。
女は答えました。「どうして夫がいないからと父を殺すことがありえましょうか。それならば、あなたは、今から私が申し上げることをよく聞いて、後でまたこの家に夫を殺しに来ればよいでしょう。この寝屋では、夫は東枕に、私は西枕に寝ております。ですからあなたは、今晩来られたら、東枕に寝ている夫を殺せばよいのです」敵はそれを聞いて、父を解放して立ち去りました。
その後、夫が帰宅しますと、妻は「今晩、私は東枕で寝たいのです。すみませんが、あなたは西枕で寝てくださいますか」と言って、枕を違えて横になりました。
すると敵が忍び入り、東枕に寝ている妻を見て、「こちらが夫だな」と思って殺しました。ですので、妻は殺されてしまいましたが、夫はまだ生きています。敵はこれを見るとこの上なく嘆きました。それで、「これは、妻が夫の身代わりとなるために枕を替えて殺されたのだ」ということがわかったのです。
その後、敵は妻の行いを大層哀れんで、永く抱いていた怨みの心を捨て、夫と義兄弟の契りを結ぶまでに至りました。
昔はこのように我が身を捨てても夫の命を救おうとした女人があったのです。「このようなことは本当に稀にしかない素晴らしいことだ」と、この話を聞いた人は皆で言い交わしたと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一









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