巻13第14話 加賀国翁和尚誦法花経語 第十四
今は昔、加賀国(石川県)に翁和尚という人がいました。正直な人で、長年、自分の心に背いて人に媚びたり、よこしまなことを考えることがありませんでした。昼も夜も、おきふし法華経を読誦して、他のことは一切心にありませんでした。俗人ではありましたが、その行いは貴い僧と変わるところがありません。そのため、この国の人たちはこの人を翁和尚と呼び習わしていました。
衣食を得るてだてもなく、人からの施しに頼っていましたので、この人は常にとても貧乏でした。食物が手に入ると、すぐにそれを持って山寺に籠って、法華経を読誦しました。食物を食べ切ってしまうと、また里に出てくるのですが、その間も法華経を読誦することは怠りませんでした。このようにして十余年を過ごしていましたが、とても貧しく、塵ほどの貯えもありませんでした。肌身離さず持っているものは法華経一部のみです。また、山寺と里を行き来して、住む場所も定まっていませんでした。
その間、和尚は絶え間なく法華経を読誦し、心の中で請い願っていました。「私は長年法華経を受持しております。これは現世での幸福や長寿を願っているのではありません。ひとえに後世で悟りを得、成仏せんがためです。もしもこの願いが叶うことが有り得るならば、その霊験をお示しくださいませ」
そうしていますと、経を誦していたときに口から歯が一つ欠けて経の上に落ちました。驚いて欠けた歯を手に取って見てみると、それは歯が欠けたのではなく、仏舎利(仏の遺骨)のひと粒でした。翁和尚はこれを見ると泣きながら喜び貴んで、この仏舎利を安置して礼拝し奉りました。その後、法華経を読誦している時に、同様に口の中から仏舎利が出給うことが二、三度ありました。和尚は大喜びして、「これこそ法華経を読誦し奉ったことにより、私が後世で悟りを得られる吉兆に他ならない」と分かり、ますます法華経を熱心に読誦しました。
さて、ついに最期の時に臨み、和尚は往生寺という寺に行って、樹の下に独りでおり、身体に痛みもなく、心の乱れることもなく、法華経を誦しました。命が終わる時には、法華経寿量品の偈(詩)の終わりの部分:
毎自作是念。以何令衆生得入無上道。速成就仏身。
(常に自ら衆生済度の念を起こし何とかして衆生を真理の道に招き入れ、速やかに成仏せしめよ)
というところを誦して、本意に違うことなく、安らかに亡くなりました。
このことを見聞きした人々は、「これこそ永年ひたすら法華経を読誦したことによって浄土にお生まれなさった人に違いない」と言い合いました。ですから、出家して修行を積んだ僧でなくても、道心に随うべきであると、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※法華経寿量品…妙法蓮華経如来寿量品の略で、法華経二十八品中の第十六品。釈迦の寿命や無量を説いたもの。この話に引用されているのは如来寿量品の末尾に当たる
※道心…仏を信じて悟りを求めようとする心。仏道を修めようとする心。菩提心

【協力】 いっちー








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