巻十三第十九話 法華経に命を助けられた話

巻十三

巻13第19話 平願持経者誦法花経免死語 第十九

今は昔、平願持経者という僧がありました。書写山の性空聖人の弟子です。性空聖人の死後、書写山に籠って、長年法華経を読誦していました。

ある日、突然大風が吹いてきて、平願の居た房を吹き倒しました。平願は房の中で押し倒され、今にも死にそうになっていました。その時、心をこめて法華経を読誦し、「どうか助けてください」と祈ったところ、誰とは分かりませんが、力の強い人が現れて房の中から平願を引き出し、こう告げました。
「そなたは宿世の報いによって(前世の因縁によって)このように打ち倒されたのではあるが、法華経の御力によって生きながらえることが出来たのだ。恨みの心を起こさず、更に法華経を読誦しなさい。この世で宿業を尽くして、来世では極楽に往生したいと願いなさい」と教えて、掻き消すようにいなくなりました。姿のとても気高い人でしたが、ついに誰であるのかは分かりませんでした。

その後、平願は(房の下敷きになったというのに)体の痛みもありませんでした。これはひとえに法華経を読誦したために護法の善神のご加護を受けたのでしょう。この上なく貴び喜びました。

やがて平願は年老い、考えました。「私は生をいたずらに過ごしてしまった。近々この生を終えることだろう。今、善根を修しなければ、悪趣(餓鬼、畜生、地獄)に堕ちてしまうことは疑いない」と嘆き悲しみ、衣鉢(僧の持ち物すべて)を投げ棄てて仏事を営みました。法華経を書写し、仏や菩薩のお姿を描き、広い川原に仮屋を起てて無遮の法会(身分などの区別なく布施を行う法会)を行いました。朝夕に講師を招いて法を説いてもらいました。また、明け暮れに念仏を唱え、懺法(経を誦して罪過を懺悔する法要)を行いました。このように善根を修して、自ら誓願を立てました。
「私は長年法華経を持して来ました。もしその力によって極楽に生まれることが出来るのであれば、今日の善根にその吉兆をお示しください」
涙ながらに誓願し、礼拝してその場を立ち去りました。

明くる日、人が昨日法会の行われていた川原を見ると、真っ白な蓮の花がその池に隙間なく生えていました。これを見る人は涙を流して貴びました。このことを伝え聞いたき継いだ人々が大勢集まり、かぎりなく貴び礼しました。人々は「これこそ聖人が極楽に生まれるという吉兆だろう」と言い合いました。平願もまた、このことを聞き及んで、来て見て、大層喜び、心が打ち震えました。泣く泣く礼拝して、帰りました。

その後、少しずつ年老いて、ついに命が終わるその時、身体に痛みもなく、雑念もなく法華経を一心不乱に読誦し、よけいな妄念に心が乱れることもありませんでした。西向きに合掌して、命が絶えました。
「吉兆のように、必ず極楽に生まれなさったことだろう」と、人々は皆言いました。

これはひとえに法華経の御力であると、語り伝えられています。

【原文】

巻13第19話 平願持経者誦法花経免死語 第十九
今昔物語集 巻13第19話 平願持経者誦法花経免死語 第十九 今昔、平願持経者と云ふ僧有けり。書写山の性空聖人の弟子也。聖人死て、書写の山に籠居て、年来法花経を読誦す。 而る間、大風俄に吹き来て、平願が房を吹き倒しつ。平願、其の中に有て、打圧されて殆ど死ぬべし。其の時に、平願、心を至して法花経を誦して、「助け給へ...

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香

※書写山…西国三十三所のうち最大規模の寺院、圓教寺(兵庫県姫路市)。「西の比叡山」と呼ばれるほど寺格は高く、中世には、比叡山、大山とともに天台宗の三大道場と称された巨刹である。京都から遠い土地にありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇、法皇も多かった

※性空聖人…延喜10年(910年)~寛弘4年(1007年)。平安時代中期の天台宗の僧。父は従四位下橘善根。俗名は橘善行。京都の生まれ。書写上人とも呼ばれる。36歳の時、慈恵大師良源に師事して出家。霧島山や脊振山で修行し、966年(康保3年)播磨国(兵庫県姫路市)書写山に入山し、国司藤原季孝の帰依を受けて圓教寺を創建、花山法皇・源信(恵心僧都)・慶滋保胤の参詣を受けた。早くから山岳仏教を背景とする聖の系統に属する法華経持経者として知られ、存命中から多くの霊験があったことが伝えられている。播磨国弥勒寺で亡くなった

性空上人坐像(圓教寺)

巻十七第十四話 地蔵に臨終の地を聞いた話
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【協力】 いっちー

 

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