巻13第23話 仏蓮聖人誦法花順護法語 第廿三
今は昔、仏蓮という僧がありました。もとは安祥寺の僧でした。幼い時より法華経を受けて学び、昼夜問わず読誦して仏道を修行しました。盛りの年(青壮年期)になると、越後国古志の郡(新潟県長岡市)、国上山(くがみやま、現在は燕市)に移住して法華経を読誦し、一心に後世菩提を祈り願いました。
さて、この人は毎日三回、必ず湯浴みをしました(日に三度、勤行の前の沐浴をした)。これが通常のことでした。そのため、仕えていた下級僧たちは、これに困り果て、みな逃げ去ってしまいました。
その時、どこからか忽然と二人の童子が出てきました。姿形は美しく可愛らしいのです。聖人に向かって申しました。
「私たちは二人で聖人に随って奉仕したいと思います」
聖人は
「そなたたちはどこから参ったのか。どういう訳で奉仕しようと言うのか。名は何という」
と尋ねました。童子は答えました。「私たちは、師が心を込めて丁寧に法華経を誦されているのを貴び、奉仕しようと思いました。名は、一人を黒歯、もう一人を花歯と申します」
聖人はこれを聞いて「なんと、どちらも十羅刹女の名前ではないか。もしや十羅刹女が姿を変えてお越しくださったのだろうか」
と疑いましたが、ただ彼らがすることに任せて仕えさせていますと、二人の童子は力も強く気も利いて、薪を拾って湯を沸かし、常に日に三度聖人に湯浴みをさせ、また、いつも果物を拾ってきて聖人に奉ります。このように、里に行き、山にも入り、二人はこの上なく聖人に奉仕しました。そのため、聖人は世俗を知らず、少しも瞋り(いかり)の心を持つことなく、ただ法華経を読誦していました。
そのうち、聖人は次第に老境に入り、入滅の時が近づくと、二人の童子は聖人の近くを離れず、昼も夜も奉仕しました。遂に聖人が亡くなると、二人は泣き悲しみながら聖人を葬りました。七七日(四十九日)に至るまで、死後の法事を営んで、四十九日が終わると、二人とも搔き消すように姿を消しました。
その後、その二人の童子のことを尋ねて回りましたが、遂に誰なのか分からないままとなりました。
「護法善神がご奉仕なさったのではないだろうか」
と人々は疑いました。このように、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※安祥寺…安祥寺は、嘉祥元(848)年、仁明天皇女御で文徳天皇の母・藤原順子(809-871)の発願により、入唐僧・恵運(798-869)が開山した真言系の密教寺院。平安時代の安祥寺は醍醐寺と同様に山上伽藍=上寺と山下伽藍=下寺とから成っていた。上寺には礼仏堂と五大堂とから成る堂院・東西僧房・庫裏・浴堂などの施設が、下寺には約2万平方メートルの寺域内に塔・仏堂・僧坊・門楼などがあったようである。また、安置されていた仏像は現存する五智如来像(現在は京都国立博物館に出陳)、五大虚空蔵菩薩像(現在は東寺観智院蔵)を含めて31体にも及び、多くの仏画・仏具・経典に加えて広大な寺領をも保有していた。応仁の乱の兵火によって焼失したと伝えられるが、江戸時代には復興・移転した。現在も山科区(洛東高校西)で法灯を伝えており、江戸時代創建の堂舎が残る。廃絶した安祥寺上寺は、京都市山科区安祥寺国有林山腹に遺跡として残っている
※古志の郡…古志郡という名称は古く大宝律令の時代からのものであり、『大日本地名辞書』の記述によると古志郡は越国の7つの郡のなかで中核的な役割を果たしていた。当初は越中国に属し、信濃川右岸一帯の地域を指しており、刈羽郡、三島郡の地域も含んだ広大な郡であった。大宝2年(702年)に越後国に割譲された。平安時代に三島郡(みしまぐん、現:刈羽郡)を分離した。また江戸時代には三島郡(さんとうぐん)を分離した。現在は長岡市。
※国上山…角田山や弥彦山から連なる、俗に弥彦山脈と呼ばれる山並みの南端に位置する。江戸時代後期に良寛が住んでいたことで有名な山である。山頂から約1キロ弱南の中腹に国上寺があり、その手前に良寛が居住地とした五合庵、乙子神社もある
※後世菩提(ごせぼだい)…ごしょうぼだいとも。死後、極楽に往生して、悟りを得ること
※黒歯と花歯…十羅刹女の黒歯(鳩摩羅什訳では施黒:歯牙が黒く畏怖すべきところから。本地は釈迦如来)と華歯(鳩摩羅什訳では施華:歯牙が上下に鮮明に並んでいるところから。本地は安立行菩薩)
※十羅刹女…法華経陀羅尼品に登場する10柱の女性の鬼神で仏教の天部における10人の女性の鬼神。鬼子母神と共に法華経を守護する諸天善神である。なおこの10人の羅刹女には本地があるとされ、いくつかの説がある
※入滅…仏教用語で、滅度(めつど)・寂滅(じゃくめつ)ともいい、サンスクリットの「निर्वाण」(Nirvana、ニルヴァーナ)の訳、煩悩の炎が吹き消えた状態、宗教的解放を意味する解脱のことである。ただし、完全な解脱は肉体の完全な消滅、つまり「死」によって完結することから、「入滅」とは、宗教的に目覚めた人が死ぬことをも意味する。一般に仏の死亡は入滅といい、高僧の死亡は遷化というが、特に宗祖の遷化を入滅と表現することもある。僧の死亡を入寂(にゅうじゃく)や示寂(じじゃく)ということもある
※護法善神…仏法および仏教徒を守護する主に天部の神々(天部)のこと。護法神(ごほうしん)、あるいは諸天善神(しょてんぜんしん)などともいう


【協力】 いっちー









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