巻13第30話 比叡山僧広清髑髏誦法花語 第三十
今は昔、比叡山の東塔(エリアの名)に千手院というところがありました。そこに広清という僧が住んでいました。幼くして比叡山に登り、師に付き随って出家し、法華経を受け学んでその意義とことわりを悟って常に読誦していました。また、道心があり、常に後世のことを気にかけていました。諸般の事情によってやむなく世渡りに奔走してはいましたが、本心ではただ世事から離れ、隠遁することを好んでいました。日夜法華経を誦して、「願わくば、この善根をもって、菩提を得る為のよすがとしたいものだ」と思っていました。
ある時、根本中堂にお参りし、一晩中法華経を誦して後世のことを祈請していましたところ、そのまま寝入ってしまい、夢を見ました。八人の菩薩が現れました。みんな黄金の姿をしています。瓔珞(ようらく。ネックレスなど)で荘厳に飾り立てられているところを見るなど、思いもよらないことでした。広清がこれを見て恐れ貴んで礼拝しようとしますと、一人の菩薩が近寄ってきて、なんとも言えず美しい声音で広清にお告げになりました。
「そなたは法華経を受持して、この善根を以てして、生死の境を離れて菩提に至ることを願っている。疑いを持つことなく、決して後退せずに法華経を受持し続けなさい。そうすれば我ら八人がやって来てそなたを極楽世界に送ってやろう」
そう仰った後、あっという間に姿が消えたと思うやいなや、夢から覚めました。
その後、広清は泣く泣く喜び貴んで、礼拝しました。いよいよ心を尽くして法華経を読誦することには更に懈怠などありません(なまけおこたることがなかった)。その間にも、常に夢のお告げが心にかかって忘れることはなく、後世に極楽へ生まれることを頼みにしていました。
その後、縁あって京に下りてきて、一条の北の辺りにあるお堂に泊まりました。そこで幾日か過ごす内に病気になり、悩み煩いましたが、その間にもいよいよ熱心に法華経を読誦し、あの夢のお告げを信じて疑いませんでした。
しかし、ついに病が癒えることはなく、広清は亡くなってしまいました。弟子が広清の遺体をその近くの野に葬られました。すると、「その墓で夜毎法華経を誦する声がする。必ず一部を誦し通す」と告げる者がありましたので、弟子はその髑髏(ひとがしら。どくろ)を取って来て、山の中の清浄な場所を選んでそこに安置しました。すると、その山の中でも、尚、法華経を誦する声が聞こえたといいます。なんとも不思議なことだと、そう語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※千手院…天台宗第六祖・智証大師円珍の住房で後唐院とも呼ばれた。千手観音を祀ることから、千手堂とも呼ばれる。山王院。
※根本中堂…比叡山延暦寺の東塔にある総本堂で、国宝に指定されている。最澄が788年に創建し、現在の建物は徳川家光の命により1642年に再建されたもの
八人の菩薩…法華経にはない八大菩薩という考え方に依拠するか、法華経が八巻でその化身と考えるか、定まってはいない。











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