巻13第32話 比叡山西塔僧法寿誦法花経語 第卅二
今は昔、比叡山の西塔(エリアの名)に、法寿という僧がありました。京の人です。天台座主(ざす。比叡山のリーダー)暹賀僧正(せんがそうず)の弟子でした。心根は真っ直ぐで、そのふるまいも貴いものでした。若くして比叡山に登り、出家して師に付き随い、法華経を受け学んだ後には、毎日一部を必ず読誦して、これが一生の勤めとなりました。また、法文をも学びましたが、非常に聡明で、その意義をよく理解していました。
さて、ある時、夜に心を尽くして法華経を誦していましたところ、明け方にうたた寝をしてしまいました。するとその夢の中で、自分が長年受持し奉っている法華経が空へ飛び昇って、西を指して去って行きました。夢の中で「私が長年受持し奉る経を失ってしまった」と嘆いていますと、傍らに紫の衣を着た老僧(高位の僧)が現れて、こう告げました。
「そなたはこの経が失われたことを嘆くことはありません。そなたが受持していたこの経を前もって極楽へ送っておいたのです。そなたもこれから三月ほどで、極楽へ生まれます。速やかに身を浄め、精進してその日を待ちなさい」と言われたかと思うと、夢から覚めました。
その後、とつぜん衣鉢(仏道の修行道具)を投げ捨て、たちまち阿弥陀仏の像を描き、法華経を書写して、高僧を招いて供養しては教えを請いました。房にあった種々の品々は弟子たちに分け与え、京の家を出て長く比叡山に籠って、ただひたすらに法華経を誦し、念仏を唱えました。また、その合間には、涅槃経、観無量寿経などを開いて礼拝し、摩訶止観や文句・章疏(いずれも注釈書)等をむさぼるように学んで、これらの善根の力を以てして、必ず極楽に生まれ奉って阿弥陀如来にお目にかかることを願いました。
その後間もなく病気になりましたが、仏道の護法を信じて、極楽往生を疑うことなく、法華経を誦し、念仏を唱えて亡くなりました。
これを見聞きした人はみな貴んだと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一










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