巻13第37話 無慚破戒僧誦法花寿量一品語 第卅七
今は昔、仁和寺の東に香隆寺という寺がありました。その寺に定修僧都(じょうしゅうそうず)という人が住していました。その僧都の弟子に一人の僧がありました。その僧は、すがた形こそ僧ではありましたが、三宝(仏法僧)を信じることなく、因果の理を悟らずに思うがままに行動する様子は、俗世の人々とまるで異なりませんでした。手にはいつも弓矢を持ち、腰には刀剣を帯びて、様々な善くないこと、悪い行いを好みました。また、鳥や動物を見ると必ず射殺し、魚や肉を見れば、すべて食べつくしました。心には愛欲の思いが深くあり、いつも女に触れることを望んでいました。ですから、手には念珠を持つこともなく、肩には袈裟をかけることもありません。まことに無慚(むざん。法悪や罪を犯しながら、恥ずかしいと思う心がない)な者でした。
さて、この僧が法華経の如来寿量品(如来寿量品第十六。法華経の中心)を受持していて、自らの身の穢れを気にすることなく、毎日必ず一篇を読誦していました。その内、この僧は香隆寺を去り、法性寺の座主である源心僧都の弟子となり、その寺の車宿(解説参照)で寝泊まりして、僧都に随ってお仕えしていましたところ、身に重い病を受け、日々苦しみました。座主はこれを哀れみ、授戒させました。
僧はまごころこめて戒を授かると、起き上がって口をすすいでから、心を尽くして如来寿量品を誦しました。
得入無上道。速成就仏身。
(どうすれば人々を最高の悟りの道へ入れ、早く仏の身にすることができるだろうか)
(如来寿量品の)最後の二句に至った後、心静かに亡くなりました。
「長年無慚であったとは言っても、最後には仏縁あって授戒し、法華経を読誦して亡くなったのですから、きっと悪道に堕ちることは免れることが出来たでしょう」と、見聞きした人は貴んだと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※香隆寺(こうりゅうじ)…平安時代に現在の等持院の北にあったとされる寺院
船岡山の西の蓮台野にあり、朝廷の葬送菩提の寺とされ、付近一帯は、皇室の荼毘所になっていた
平家物語第一巻に「香隆寺の丑寅(うしとら)に蓮台野」と記されている
※車宿(くるまやどり)…牛をはずした牛車(ぎっしゃ)や輿(こし)を入れておく建物。総門の内、中門の外にある
※法性寺…平安京郊外の山城国東山にあった藤原氏菩提寺の寺院。現在の東福寺周辺の一帯を占め、南限は伏見稲荷大社北辺まで至った巨大な寺院であった。応仁の乱などで焼失し徐々に衰退するが、現在は再興されている。










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