巻十四第十話 殺生する男が天に生まれた話

巻十四

巻14第10話 陸奥国壬生良門棄悪趣善写法花語 第十

今は昔、陸奥国(東北地方)に壬生の良門という武き者がありました。朝暮に弓箭(弓矢)をもてあそび、人の命をうばい畜生を殺すことを仕事としていました。夏は川で魚を捕り、秋は山に入って鹿を狩りました。

このように長いこと罪をつくり、年来を過ごしているとき、この国に聖人がありました。名を空照といいます。智恵にあふれ、道心がさかんな人でした。良門が邪見により罪業をかさね、三宝(仏法僧)を知らないのを見て、あわれみ悲しみ、なにかの用にかこつけて、これを教えるために、良門の家をたずねました。

良門は聖人に会って、来た理由を問いました。聖人は答えました。
「至り難く出易いのは人の道、入り易く出難いのは三途(地獄・餓鬼・畜生の世界)です。また、幸いに人の身を受けたとしても、仏法には出会い難いものです。罪をつくった者は、必ず悪道(三途に同じ)に堕ちます。これらはみな仏の説き給うたところです。君よ、殺生放逸を棄て、慈悲忍辱の道を生きなさい。すみやかに財を捨て、功徳を積みなさい。財は永遠に我が身にそう物ではありません」

良門はこれを聞くと、宿業のなすところでしょうか、たちまちに道心を発し、悪心を棄てて、善心に趣きました。弓箭を焼き失い、殺生の具を砕いて、永遠に殺生を禁断して、仏法を信仰しました。たちまちに金泥の法華経を書写し、黄金の仏像を造立して、心を至して供養しました。道心をいよいよさかんにして、願を発して言いました。
「私は今生の間に金泥の法華経千部を書き奉ります」
年来の貯蓄を棄てて金を買い求め、十余年の間に金泥の法華経経千部を書写し終わって、供養しました。

紺紙金泥法華経(鎌倉時代)

その供養の日に、不可思議な瑞相がありました。白い蓮花が降り、音楽が音堂の内に鳴り響きました。端正な童子が花を捧げて現れました。見知らぬ鳥が来て鳴きました。夢に天人が現れて、掌を合わせて礼敬しました。このような不思議がありました。

良門は臨終の時、沐浴精進して傍の人に告げました。
「多くの天女が音楽を奏でながら空から降りてきた。私は天女とともに、兜率天に昇ろうとしている」
良門は端坐し、掌を合せて死にました。きっと兜率に生まれたことでしょう。

悪人であっても、智者の勧めによって心を改め、このように道を得ることができます。これはひとえに法華経の力であると、話を聞いた人はみな貴んだと語り伝えられています。

【原文】

巻14第10話 陸奥国壬生良門棄悪趣善写法花語 第十
今昔物語集 巻14第10話 陸奥国壬生良門棄悪趣善写法花語 第十 今昔、壬生の良門と云ふ武き者有けり。弓箭を以て朝暮の翫として、人を罸(つみ)し畜生を殺すを以て業とす。夏は河に行て魚を捕り、秋は山に交はりて鹿を狩る。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

「至り難く出易いのは人の道、入り易く出難いのは三途(地獄・餓鬼・畜生の世界)です。また、幸いに人の身を受けたとしても、仏法には出会い難いものです」今じゃまったく説得の言葉になんねえなあと思いつつ、私にはわかるよと思いました。

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