巻14第14話 僧行範持法花経知前世報語 第十四
今は昔、行範という僧がありました。大舎人の頭、藤原周家という人の息子であり、千手院の定基僧都という人の弟子でした。
出家したのち、ねんごろに法華経を読誦しました。一度読誦しただけで、すべてを暗誦してしまいました。しかし、七巻の薬王品だけは覚えられませんでした。経に向かっているときは読誦できるのですが、向かっていなければ暗誦できません。何年も心を尽くして読誦していましたが、ついに暗誦できませんでした。
このことを三宝(仏法僧)に祈請して、記憶できるように願いました。すると、行範の夢に貴い僧があらわれて告げました。
「おまえは宿因によって、この品を覚えることができない。おまえは前生において黒い馬だった。法華経持者の主人を持ち、常に法華経を聞くことができた。しかし、薬王品だけは聞かなかったために、今、暗誦することができない。経を聞いたことによって、今、人の身を得て僧となり、法華経を持つことができた。前世で縁を結ばなかったから薬王品だけは覚えることができないが、今生でよくこの品を持ち、来世で暗誦して、菩提を証せよ(仏果を得よ)」
そこで夢から覚めました。
宿因を知った行範はいよいよ法華経を信じ、日夜に読誦して休むことがなかったと語り伝えられています。
【原文】
巻14第14話 僧行範持法花経知前世報語 第十四
今昔物語集 巻14第14話 僧行範持法花経知前世報語 第十四 今昔、行範と云ふ僧有けり。此れは大舎人の頭藤原の周家と云ふ人の一男也。千手院の定基僧都と云ふ人の弟子也。 出家の後、懃に法花経を読誦す。一部を読誦するに皆思えぬ。而るに、七の巻の薬王品を思えず。経に向ふ時は読誦す。向はざる時は忘れぬ。然れば、年来の間、...
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
法華経は全八巻。薬王品は正確には薬王菩薩本事品第二十三という。品は章というほどの意味。
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