巻14第15話 越中国僧海蓮持法花経知前世報語 第十五
今は昔、越中の国(富山県)に海蓮という僧がありました。若年のころより法華経を習い、日夜に読誦していました。序品から観音品に至るまで、二十五品は暗(そら)で覚えて誦することができました(品は章という意味)。しかし、残りの三品(陀羅尼品、妙荘厳王本事品、普賢菩薩勧発品)は暗誦しようとしても、覚えることができませんでした。
海蓮はこれを歎き、立山や白山に参って祈請しました。その他、さまざまな国の霊験所に参り、祈りましたが、覚えることができませんでした。
あるとき、海蓮の夢に菩薩のすがたの人が現れて告げました。
「おまえが最後の三品を覚えられないのは、前世の宿因によるものである。おまえは前生で蟋蟀(きりぎりす、コオロギの意)の身を受け、僧房の壁にはりついていた。その房の僧が、法華経を読誦した。蟋蟀は壁にとりついてそれを聞き、一巻から七巻までを聞いた。八巻のはじめ、一品のみを誦して後、僧は湯を浴び、休むために壁によりかかった。そのとき、蟋蟀は押しつぶされて死んでしまったのだ。法華経二十八品のうち二十五品を聞いた功徳によって、蟋蟀は身を転じ、人と生まれた。僧となり、法華経を読誦したが、最後の三品を聞かなかったために、その三品を覚えることができない。おまえは前生の報を観じ、よく法華経を読誦し、菩提を期すがよい」
言葉を聞き終えると、夢から覚めました。
海蓮は自分の縁を知り、いよいよ心を尽くして法華経を読誦し、仏の道を願い、一心に修行しました。
海蓮は天禄元年(西暦970年)に亡くなったと語り伝えられています。
【原文】
巻14第15話 越中国僧海蓮持法花経知前世報語 第十五
今昔物語集 巻14第15話 越中国僧海蓮持法花経知前世報語 第十五 今昔、越中の国に海蓮と云ふ僧有けり。若より法花経を受け習て、日夜に読誦する間、序品より観音品に至るまで、廿五品は暗(そら)に思えて誦しけり。残て
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
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