巻14第16話 元興寺僧蓮尊持法花経知前世報語 第十六
今は昔、美作の国(岡山県)に蓮尊という僧がありました。もとは元興寺の僧でしたが、寺を去り、本国に下って暮らしていました。
幼くして師に随い、法華経を習い、日夜に読誦していました。
「暗(そら)で覚えて(暗記して)誦しよう」
そんな思いがあって、年来誦し続け、ついに二十七品を覚えました(法華経は二十八品、品は章の意味)。しかし、普賢品(最終章)だけは覚えられませんでした。心を尽くして普賢品の一言一句を数万べんも誦しましたが、どうしても覚えることができません。
一夏九旬の間(安居の期間)、普賢菩薩の御前で難行苦行し、これを請い祈りました。一夏が過ぎたころ、蓮尊の夢に天童があらわれて告げました。
「私は普賢菩薩の使いである。おまえが宿した業の因縁を知らせるためにやってきた。おまえは前世において犬だった。母はおまえと共に、人の家の板敷(板の間)の下に住んでいた。法華経の持者がその板敷の上にあり、法華経を読誦した。おまえは序品(第一章)よりはじめ、妙荘厳王品(第二十七品)までを誦するのを聞いた。普賢品に至ったとき、母が起きあがりそこを去った。それに随って、おまえも去った。普賢品だけ聞かなかったのだ。
おまえは前世に法華経を聞いた功徳によって、犬の身を転じ、人の身と生まれて、今、僧となって法華経を読誦することができている。しかし、前世で普賢品を聞かなかったために、その品を暗に覚えることができない。今、おまえはねんごろに普賢菩薩を念じている。かならず暗で誦することができるようにしてやろう。ひたすら法華経を読誦せよ。おまえは来世に諸仏に値遇し、この経を悟ることができる」
天童はそう言うと姿を消し、夢から覚めました。
その後、蓮尊は宿因を知り、たちまち普賢品を暗に覚えることができました。かぎりなく喜びました。このことでいよいよ信を発し、泣く泣く礼拝し、誦することを怠らなかったと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
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