巻17第12話 改綵色地蔵人得夢告語 第十二
今は昔、阿弥陀仏を造るついでに、古い地蔵菩薩像を改めて彩色して、正法寺という寺に安置しました。この地蔵は、もともと三井寺の塔の中にあったもので、手と蓮花座(ハスの花の形をした台座)がありませんでした。
実睿供奉(じつえいぐぶ、供奉は高位の僧)という方が、この地蔵を見つけ、修補しました。そのとき、十四、五歳ほどの美麗な小僧が夢にあらわれ、膝の上に座り、頸を抱いて語りました。
「おまえは私を知っているか。私は三井寺の前の上座(僧の要職)の妻の尼が造った地蔵である」
見ると、小僧の背後に人があるようです。
「後ろにいる人は誰ですか」
小僧は答えました。
「これは、昔、私を造った仏師である。私の影に住ませて利益しているのだ」
また、丑寅(北東。鬼門)の方を見ると、二十何人もの地蔵がおりました。みな、南に向かって座っていました(仏像は基本的に南面する)。そこで夢が覚め、実睿は涙を流して貴びました。
心を尽くして仏を造らせた人に利益があるのは当然ですが、信ずる心もなく、代価があるから仕事した仏師にさえ利益があるとは貴いことだと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】
草野真一
【解説】
草野真一
この話の主人公となっている実睿は、この話の元ネタ『地蔵菩薩霊験記』の選者である。自分の体験も収録したのだ。本当にこういう夢を見たのだろう。
地蔵が夢で「膝の上に座り、頸を抱いた」と記されているが、『新日本古典文学大系 36 今昔物語集 4』(岩波書店)は、これを「あやしげなしぐさ」とし、像が手と台座を欠いていることとの関連を指摘している。
おそらく、これはセクシャリティだろう。
鎌倉時代はじめの僧・明恵は、心理学者の河合隼雄先生をして「世界でもっとも長期にわたる夢記録」と言わしめた『夢記』を著した傑物である。
この人、仏とエッチする夢ばっか見てんだよ。
マジメな僧侶であればあるほど不淫戒を守ることにつとめたはずだから、当然だ。
おそらくは実睿も同様と思われる。
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