巻十七第二十二話 地獄からよみがえった男の話

巻十七(全)

巻17第22話 賀茂盛孝依地蔵助得活語 第廿二

今は昔、賀茂の盛孝という人がありました。心がまっすぐで、処世にも長けていました。公私にいそがしく、家は豊かでした。また、慈悲の心があり、生き物を殺すこともありませんでした。道心深く、月ごとの二十四日(地蔵の縁日)には、必ず持斎精進して、仏事をおこない、ことに地蔵菩薩を念じました。

盛孝が四十三になる年の□月□日のことです。沐浴して上るとき、たちまちに命が絶えました。盛孝は大きな穴に、まっ逆さまに落ちていきました。

盛孝は燃えさかる炎を見て、人が叫び泣く声を聞きました。大地はゆれ、雷の響きのようでした。心迷い恐れて、声をあげて泣き叫びましたが、どうにもなりませんでした。

やがて、高楼の官舎が建った庭に到りました。数(あまた)の検非違使(けびいし、警察官)・官人などが、東西にならんでいました。わたしたちの検非違使庁に似ていました。四方を見廻してみましたが、知っている人はありませんでした。

一人の小僧がおりました。その姿かたちの端厳なること、比べるものもありません。こちらに歩んできます。庭にある多くの人は、この小僧を見て、ひざまずきました。
「地蔵菩薩がいらっしゃいました」
盛孝はこれを聞くと、大いに喜び、小僧の御前に至り、掌を合わせて地にひざまずき、泣きながら申し上げました。
「宿因があったためでしょうか、幸福にも大師にお会いすることができました。今こそ私をおみちびきください。地蔵菩薩よ、私を助け、元の世界にもどしてください」
小僧は言いました。
「ここ閻魔の庁は、来るに易く、帰るに難い場所である。おまえは罪があってここにきている。私が勝手におまえを許したりはできない。ただ、冥官に話すことができるだけだ」

地蔵菩薩及び十王像(臼杵磨崖仏、大分県臼杵市)


小僧は盛孝をつれて、庁の庭に入り、訴えました。
「この男は、年来の私の信奉者です。だが今は、ここに召されています。この男を許してやりたいと思っています」
冥官たちは答えました。
「衆生(人々)の善悪の業は、変えることのできない法です。この男がここに来るのは決められたことであり、くつがえすことはできません」
小僧は泣きながら言いました。
「この男の法を変えることができないならば、私がこの男のかわりに苦を受けます。もしそれが一劫(宇宙が誕生し消滅する時間)の長い時間であろうともかまいません」
冥官たちはこれを聞いておおいに驚き、盛孝を許しました。

小僧は大いに喜び、盛孝に申しました。
「おまえはすぐにもといた国にかえり、三宝(仏法僧)に帰依せよ。決してないがしろにしてはならない。その善根によって、ふたたびここに来て擾乱させられることがないようにしなさい」
その言葉を聞いたと思ったときには、もう生き返っていました。起き上がり、親しい人に泣きながらこのことを語りました。

その後、僧を呼び、頭を剃って、出家入道しました。入道した後は、さらに心を発して三宝に帰依し、地蔵菩薩を念じ奉ったといいます。

盛孝は命が終る時まで、心違えず、仏の名を唱えて死んだと語り伝えられています。

【原文】

巻17第22話 賀茂盛孝依地蔵助得活語 第廿二
今昔物語集 巻17第22話 賀茂盛孝依地蔵助得活語 第廿二 今昔、賀茂の盛孝と云ふ人有けり。心直くして、身の弁へ賢かりけり。公私に仕はれて、家豊也けり。亦、懃ろに人を慈(あはれ)ぶ心有て、生類を殺す事無し。凡そ道心深くして、月毎の二十四日には、必ず持斎精進にして、仏事を営て、殊に地蔵菩薩を念じ奉けり。

【翻訳】 草野真一

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