巻19第13話 越前守藤原孝忠侍出家語 第十三
今は昔、越前(福井県北部)の守・藤原孝忠という人がありました。任国にあるころ、とても貧しい侍で、昼夜をおかず熱心に勤める者がありました。冬であっても、帷(かたびら、夏の衣服)だけを着ていました。
ある朝、雪が降りました。この男は掃除をするために出てきましたが、護法童子が憑いた者のように(ふるえるの慣用表現)ぶるぶるとふるえていました。守はこの様子を見て言いました。
「和歌を詠め。このすばらしい雪を詠むといい」
「何を題にすべきでしょうか」
「おまえが裸であること(夏服なので裸同然)を題とせよ」
侍はほとんど時間もかからずに、ふるえる声で詠みました。
はだかなるわがみにかかる白雪はうちふるへどもきえせざりけり
(貧しく着るものもなく裸でいる我が身は降り積もる白雪を消すこともできない)
守はこれを聞いてたいへん感心し、自分が着ている綿衣(わたぎぬ)を脱ぎ、ほうびとして取らせました。また、北の方(守の妻)も、みごとに詠んだほうびとして、美しい薄色の衣を取らせました。侍はこの二つの衣をかき抱いて下がりました。
同僚たちはこれを驚き怪しみ、理由を問いました。侍は事のありさまを語りました。それを聞くと、同僚たちは感嘆し、おおいにほめました。
その後、この侍はいなくなりました。二、三日姿を見ていないので、守はあやしみ、探させましたが、見つかりませんでした。
「(高価な)衣を得たので、逃げたにちがいない」
そう疑われましたが、じつは侍は、館の北山にある貴い山寺に行っていたのです。その山寺には、やんごとなき聖人が住んでいました。侍はこの聖人に得た衣を二つとも渡していました。
「私は年齢をかさね、老いました。貧しさは、年々つのっています。今のこの生は仕方がありませんが、『後世は助かりたい』と思っています。『出家したい』と思っていましたが、(僧になるための)戒をさずけてくれる師に奉るものがまったくありませんでしたので、出家できずにおりました。このたび、主人が思いがけぬものをほうびとして取らせてくれました。かぎりなくうれしく思い、喜びとともにこれを布施として奉ります。法師にしてください)
侍は涙にむせび、泣く泣く語りました。聖人は「たいへん貴いことだ」と言い、戒を授け、出家を許しました。
侍だった男は、やがてその寺を出て、どこへ行くとも告げずに消え去ってしまいました。館の者たちは、これを伝え聞き、守に申し上げました。
「あの男はこのようになったそうです」
守はこれを聞き、かえすがえす哀しがり、人を東西南北にやって探させましたが、ついに見つけることができませんでした。
道心を固く発したのでしょう。人も知らぬ深き山寺などに行ったのだと思われます。
「長く心に深く抱いていながら、露ほども人にさとらせなかった。とてもありがたい心である」
話を聞く人はみな、そう讃め貴んだと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
宇治拾遺物語に同じ話がある。
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