巻19第19話 東大寺僧於山値死僧語 第十九
今は昔、東大寺に住んでいる僧がありました。(仏にそなえるための)花を摘むため東の奥山に入り、道をあやまって迷ってしまいました。
谷と谷にはさまれた道を、どことも知れず、夢のように思いながら歩んで行きました。
「いったいどうなってしまうのだろう。迷わし神に出会った者は、このようになると聞いた。どこに行くのか、怪しくなるばかりだ」
平らな瓦葺の、廊のように造った建物がありました。部屋が仕切ってあって、僧房のようになっていました。
恐る恐る入ってみると、東大寺で死んだ僧がいました。恐ろしくてふるえあがりました。
「ここは僧が悪霊となって住んでいるところです」
死んだ僧は言いました。
「あなたはどうしてここに来たのですか。ここは人の来るべき所ではありません。どうしたことですか」
「私は花を摘もうとして山に入りました。道に迷い、自分を失って茫然とした心地になって、ここまで歩いてきてしまったのです」
「このように対面できるとは。うれしいかぎりです」
死んだ僧は泣きながら言いました。
恐しいとは思いましたが、このように泣いているのです。
「対面できたのは、喜ばしいことだ」
共に泣きました。
死んだ僧が言いました。
「深く隠れて居て、壁の穴からひそかにのぞいて見なさい、私が受けている苦を。私は寺にあったとき、いたずらに僧供(供物)を請けて、食べて過ごした。気分がのらなければ、入堂さえしなかった。学問もしなかった。その罪によって、毎日に一度、堪え難い苦患を受けています。そろそろその時刻です」
顔色がかわり青ざめ、苦しげで、恐怖におびえる様子になりました。これを見て、堪え難いほど怖ろしくなりました。
死んだ僧が言いました。
「早く隠れて。壺屋(小部屋)に入って、壁からのぞいてください」
あわてて言ったので、その言にしたがい、入って戸を閉めて、壁の穴からのぞきました。とても恐ろしそうな外国人のような男が、額にはちまきをして、四、五十人ほど、空から飛ぶようにして下りて来ました。まず、盗人を打つ機(はたもの、処刑台)を、たちまちに土に掘って立てました。その後、火を大きく起こし、鏤(かなえ、金属製の鍋)をすえ、銅を入れて、水のようになるほど涌かしました。その中に、主人らしい人が三人あって、床几に座って並んでいました。背後に赤い旗を立てていました。その光景は、とてもこの世のものとは思えませんでした。
主人らしい人が恐ろしい声で言いました。
「はやく召し出せ」
使いが二、三人ほど走りわかれ、僧房の内に入り、しばらくたつと、十人ほどの僧を緋色(赤)の縄で並べてつなぎ、出てきました。中には知った顔もありました。みな機のもとに引き立てられ、機ごとに結びつけられました。機の数はしばられた僧と同じ数でしたから、余る機はありません。みな動くこともできませんでした。
続いて、巨大な金箸が僧の口に入れられ、口をこじあけられました。そこに長い壺の口を差し入れ、銅の湯を入れました。口ごとに流し込んで、しばらくするとそれが尻から流れ出ました。目・耳・口から炎がゆらめき出て、身の節ごとに煙を出していました。それぞれが涙を流して、叫ぶ声が悲しく響きました。
僧全員に飲ませ終わると、解免して、それぞれの房に返しました、恐ろしげな人たちは、空に飛びあがり、やがて消えました。僧はこのさまを見て、生きた心地もぜず、どうにもならぬほど恐ろしかったので、衣をひっかぶり、うつぶせになって臥していました。
やがて、死んだ僧がやってきて、壺屋を開きました。起き上がってみると、耐えがたい様子をしています。
「ごらんになりましたか」
「どうしてこれほどの苦患を受けるのですか」
「私は死んですぐ、ここに来て、この僧房に住んでいます。寺にいたとき、いたずらに信施を受けて、それに応えることもしなかったことで、この苦を受けているのです。犯した罪はなかったので、地獄には堕ちませんでした。すみやかにここを去るべきです」
僧はそこを出て、道のままに帰ると、そのときは労せずして寺に帰り着くことができました。
「私も苦患を受けるところを、仏が助け、前もって知らせてくれたのだ」
深い道心を発し、寺の信施を受けるのをやめました。さらに、それまでに受けた信施を懺悔して、貴い聖人となり、ねんごろに勤めたと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
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