巻二第二十三話 王より豊かな長者の話

巻二(全)

巻2第23話 樹提伽長者福報語 第(廿三)

今は昔、天竺の国王の宮の前に、車輪のように大きな花や手巾(たのごい、手ぬぐい)が降ってきました。国王はこれを見て、大臣や公卿とともに喜び、言いました。
「天がわれわれの国を感心なさって、花と手巾を降らせたのだ」

その国に樹提伽(じゆだいか、解説参照)という長者がありました。彼はこれを喜びませんでした。国王は問いました。
「どうしてこれを見ておまえは喜ばないのか」
長者は答えました」
「この花は、我が家の後の園に咲き開いた多くの花の中で、落ちてしぼんだものが風に吹き上げられて飛んだものです。私の家には宝のような手巾がありますが、これは出来の悪いものを風が飛ばしたものです」
これを聞くと、国王も大臣・公卿も不思議に思いました。

国王は大臣・公卿・百官をひきつれ、樹提伽長者の家に行くことにしました。不思議なことがあるのなら見てやろうと思ったのです。
「おまえは先に立って家に帰れ。私はおまえの家に行く。その準備をせよ」
長者は答えました。
「私の家には、衣服・財宝・宮殿など、みな自然に備わっています。前もって準備をする必要はございません」
国王はこれを聞くと、さらに不思議に思いました。

国王が長者の家に行くと、門の外に四人の女がありました。みなたいそう美麗でした。国王は問いました。
「おまえたちは誰だ」
「私は外門を守る奴婢です」
三重の門を通り、庭に至って見ると、地に水銀が敷きつめてありました。国王はこれを水だと思い、「水に入るわけにはいかない」と考えて入ろうとはしませんでした。長者は先に立って歩きながら言いました。
「これは水銀を地に敷きつめてあるのが、水のように見えるのですよ」

そのとき、長者の妻が国王のすがたを見て、百二十も折り重なった金銀の帳より出て、さめざめと泣きました。「国王が来てくださったので、喜んで泣くのだろう」と思えば、そうではありません。ただ煙たくて涙を流したのでした。

長者は自然にわき出た飲食をもって、王と供の人にふるまいました。夜は光る玉をかけ、灯としました。それも自然に光ったものでした。

国王は長者の家を見てまわるために、数日をついやしました。王宮より使者が来て、帰還が遅いことを奏しました。すみやかに戻ろうとすると、長者は庫倉を開き、多くの財宝を取り出してさし上げました。

国王はこれを得て、宮に帰り大臣・公卿に告げました。
「樹提伽は私の国の臣である。なぜ、ことごとく私に勝るのか。長者を罸つべきだ」
王は四十万人の軍で長者の家を取り囲みました。長者の家を守る力士がひとり、軍が来るのを見て出て来ました。鉄の桙を持って、四十万の官兵を罸ちました。軍はみな伏して倒れ、臥しました。

樹提伽は宝車に乗り、空から飛来し、軍に問いました。
「おまえたち軍は、なぜ私の家に来たのだ」
「われわれは大王の勅命により参りました」
長者はこれを聞くとかわいそうに思いました。力士に命じて兵を平復させました。軍は王宮に戻り、このことを報告しました。

大王は長者の神徳を知り、使者をつかわして長者を呼び、咎を謝りました。
「私はおまえの徳を知らずして、愚かにも罸とうとした。どうかこの咎を許してほしい」
国王は長者とともにに宝車に乗って、仏の御許に詣でました。王は仏に問いました。
「樹提伽は前世にいかなる善根を植えたために、このような果報を得たのですか」

仏は説きました。
「樹提伽は前世の布施の功徳によって、この報を得た。前世で五百の商人と共に、多くの財とともに山を通った。そのとき、山の中に一人の病人があった。これをあわれみ、草の庵をつくり、床を敷き、食を与え、灯をともして養った。その功徳によって、今、樹提伽はこの報を得ている。このときの布施の功徳の人が今の樹提伽長者なのだ」
国王はこれを聞き「貴いことだ」と感じて帰ったと語り伝えられています。

【原文】

巻2第23話 樹提伽長者福報語 第(廿三)
今昔物語集 巻2第23話 樹提伽長者福報語 第(廿三) 今昔、天竺の国王の宮の前に、大なる事車輪の如なる、花及び手巾、自然ら降る。国王、此れを見て、諸の大臣・公卿と共に喜て云く、「此れは、天の此の国を感じ給て、天の花・天の手巾を降し給也」と、喜び合たり。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

樹提伽長者は、下の話で母の遺体を焼く炎のなかから生まれた「自然太子」である。本話には「自然に」という形容がたいへん多いが、幼名を織り込んだものろう。

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