巻二第二十四話 親に捨てられ物乞いの妻となっても城に暮らした娘の話

巻二(全)

巻2第24話 波斯匿王娘善光女語 第(廿四)

今は昔、舎衛国(コーサラ国。祇園精舎がある)の波斯匿王(プラセーナジット王)に一人の娘がありました。善光女といいます。端正で美麗で、世に並ぶ者はありませんでした。彼女の身体はは光り耀き、あたりを照らしました。父の王も母の后も、とても大事にしました。

王は娘を愛し、大切にしました。善光女に語りました。
「私はおまえをとても愛し敬い、とても大事にしている。それを知っているだろうか」
善光女は答えました。
「私はことさらにそれを喜んではいません。善悪の報は、みな前の世の宿世です。だから私は今このような身の上として生まれたのです」

王はこれを聞いて、おおいに怒りました。
「おまえは善悪の報はみな宿世だという。ならば、私がおまえを愛し敬う必要はないということになるではないか。私は今から、おまえを敬って大切にしたりしない。即座に王宮を出て、他所へ行くがいい」
すがたが醜い物乞いがありました。まるで人に見えません。王はこれを召し、言いました。
「これは私の娘である。今日からこれを、おまえの妻とするがいい。父母が敬い大切にするのも前の世の宿世ならば、物乞いの妻になるのもまた、前の世の宿世であろう」
そう言って、善光女を与えてしまいました。

物乞いは善光女を得て、「おかしなこともあるものだ」と思いましたが、王にしたがって、ふたりで王宮を出ました。夫妻になったのですから、二人で未知の土地に向かいました。夫は思いました。
「私は年来、物乞いとして世を渡ってきた。ひとりだからこそ、どこでも宿にすることができたのだ。今、このように大王の娘をめとった。もはやどこにでも寝るというわけにはいかない」
善光女は嘆く夫に問いました。
「父母はありますか」
「以前はあったけれども、みな死んでしまった。親戚もない。頼れる人がないから、このとおり物乞いをやっている」
「あなたの父母はどんな人だったのですか」
「私は、隣の国の第一の長者の子だった。世に並ぶものがないほどの長者だった。住居も、大王の宮と同じほどのものだった」
「あなたはかつて住んでいた場所をおぼえていますか」
「おぼえている。ただし、今は荒野になってしまっていて、跡があるばかりだ。忘れることはできない」
「ならば、私をその場所につれていってください」

夫は善光女をつれて、以前の住居に行きました。善光女が見ると、四面の壁の跡がはるかに広がっていました。その中にさまざまな屋敷の礎があります。
「本当に、並びない長者だったのだ」
ふたりはその跡に草の庵をつくって住みました。

Vishvanatha Temple, Khajuraho,India

善光女は蔵が立ち並んでいた跡を見つけました。その土の中から光がもれていました。金銀など七宝が発するものです。人を雇い掘らせてみると、財宝が無量に埋まっていました。その宝によって、ふたりは大いに富みました。すると多くの眷属(親戚)がやってきて、牛馬も働く人も数え切れないほどになりました。さまざまな屋敷も、もとのように建ちました。かぎりなく豪華に装飾されていて、王宮と比しても劣るものではありません。やがて、物乞いをしていた夫の形貌も、自然に端正になりました。

父の大王は、善光女を物乞いに与えて王宮を追い出してしまったことを悔い、かなしく思っていました。使いをやって探させると、ふたりの屋敷を見つけました。王宮と比してもまったく遜色ない宮殿です。使いは驚き怪しみ、宮に帰って王にこのことを報告しました。

王はとても不思議に思い、仏の御許に詣でて問いました。
「善光女はなぜ、王の家に生まれ、身に光明があるのですか。彼女を王宮から追い出して、物乞いに嫁させたのですが、福はまったく衰えず、また王宮のような住居に住んでいます」

仏は王に言いました。
「よく聞け。過去の九十一劫の時(一劫は宇宙が誕生し消滅する時間)、毗婆尸仏(ぴばしぶつ、過去七仏)が涅槃に入られた後、槃頭末王(ばんずまおう)という王があった。七宝をもって塔を建て、仏の舎利(遺骨)を安置していた。その王の后は、自分の天冠の中に如意宝珠(なんでも思いのままになる珠)を入れて、その塔に納め置き誓った。
『私はこの功徳によって、生まれ変わっても若死にすることはありません。また、三途(地獄・餓鬼・畜生の世界)には墜ちず、八難を離れます』
后は今の善光女である。誓いによって、王の家に生まれ、身に光を帯びている。王宮を追い出されても、福が衰えることはない。今の善光女の夫は、昔の槃頭末王である。先の世の契りが深かったため、今、ふたりでこのような報を受けているのだ」

左手に如意宝珠をもつ吉祥天立像(京都府木津川市浄瑠璃寺)

波斯匿王は仏がそう説いたのを聞き、礼拝恭敬して宮に帰りました。王は思いました。
「善光女の言うとおりだった。善悪の果報は、みな先の世の宿世なのだ」
王が善光女の屋敷に行ってみると、まったく王宮に劣らないものでした。その後はたがいに行き交うようになり、ともに幸福に暮らしたと語り伝えられています。

【原文】

巻2第24話 波斯匿王娘善光女語 第(廿四)
今昔物語集 巻2第24話 波斯匿王娘善光女語 第(廿四) 今昔、舎衛国の波斯匿王に一人の娘有り。善光女と云ふ。端正美麗なる事、世に並び無し。辺り光り耀やく。此れに依て、父の王・母の后、傅(かしづ)き敬ふ事限無し。

【翻訳】 草野真一

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