巻2第37話 満足尊者至餓鬼界語 第(卅七)
今は昔、仏の御弟子である満足尊者が神通をもって、餓鬼界に行き、ひとりの餓鬼を見ました。たいへんに恐怖(おそろ)しい形をしていて。身の毛が竪(よだ)ち、心迷(まど)うものでした。身から火を出し、十丈(約30メートル)ほどの大きさがあり、眼・鼻・身体・支節より、長さ数十丈の焔(ほのお)を放っていました。唇口は垂れさがり野猪のようで、身体の縦の広さは一由旬(牛車が1日に進む距離。7~8キロメートル)もありました。自分の手を自分でつかみ、大声で咆哮し、東西に馳走しました。
尊者は餓鬼に問いました。
「おまえは前世にどんな罪を造って、この苦を受けたのだ」
餓鬼は答えました。
「私は昔、人と生まれ、沙門となりましたが、房舎に執着して、慳貪を捨てることができませんでした。また、豪族の出身であることを鼻にかけて悪言を言い、持戒し精進する比丘を見ては、ののしり辱めたり、目をそむけたりしました。その罪によって、今、この苦を受けています。それゆえ、『するどい刀をもって、自ら舌を割ってしまおう』と思います。たとえ一日であっても精進持戒の比丘を罵り謗ることがあってはなりません。もし尊者が閻浮(人間世界)に帰ることがあれば、私の姿を諸の比丘に告げ、口の過を避け、妄語をすることがないように伝えてください。戒を保っている人を見たなら、その徳を敬い思うように伝えてください。私はこの餓鬼の姿に生まれて以来、数千万年の長きにわたってこの苦を受けています。また、この命が尽きたなら、地獄に堕ちるでしょう」
そう言い終わると、叫び吠え、身を地に投げました。まるで大山が崩れ落ちたように天が振るえ、地が動(とどろ)きました。
これは、口の過(とが)によって受ける報いです。尊者が閻浮に帰って語ったと伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一

コメント