巻七第二話 死者の右手が光を放ち、蘇生した話

巻七

巻7第2話 唐高宗代書生書写大般若経語 第二

(巻七第二話 閻魔大王の裁きを待つ書記生の右手が写経の功徳で大光明を放ち、蘇生を許された話)

今は昔、震旦の唐の高宗の治世、乾封元年に、ひとりの書生がおりました。重病にかかってたちまち絶命しましたが、一日二夜を経て息を吹き返すと、次のように語りました。
「わたしが死ぬと、赤い服を着た冥界の役人がやってきて、文書を示しました。その役人にうながされるさまに付き従っていくうちに、大きな城の門前に至りました。すると役人がこう告げたのです。『ここの城主は閻魔大王である。この文書でおまえを召し出したのだ』と。わたしはただただ驚き怖れ、視線をわが身に向けました。すると、右手が大光明を放っています。その光はまっすぐに大王の座所まで射し入り、日月になおまさるまばゆさでした。

閻魔大王はとつぜんの光明に驚き怪しみ、座から立ち上がって合掌し、光源を探してあちこちを見回すうちに、門外から射してきたのだろうと推量したのか、城内からお出ましになってわたしに目をとめました。そして、『そなたはいったいどのような功徳の働きで、右手から光を放つのだ』とお尋ねになりました。「およそいかなる善根もなしたる覚えはござりません。どうして光を放つのか、てんで合点が行かぬのです」と、わたしはお答えしました。
大王はそれを聞くなり城内に戻り、一巻の文書を紐解いて調べ、それからまた門前にお出ましになり、法悦の面もちでこうおっしゃいました。『そなたは唐の高宗の勅命で、生前に『大般若経』十巻を書写している。右手に筆を持って書き写したことから、その手に光明が生じたのだ』と。そう告げられてはじめて、わたしは書写のことを思い出しました。
『そなたを放免するとしよう。ただちに帰宅するがよい』閻魔大王はおっしゃいました。『ですが、ここまでの道のりを忘れてしまいました』と申しあげると、『光を道しるべに帰ればよかろう』との仰せです。そこでその通りに光の指し示すままに帰路をたどると、住んでいた家が近くに見えてきました。するとその時、光は消え失せ、わたしは蘇っていたのです」書生はこう物語り、涙を流して切なそうに泣きました。
その後、書生は全財産を投じて『大般若経』百巻を書写したということです。
この逸話から読み取れるのは、写経がもたらす功徳の大きさです。ただ国王に命じられるままに経典の一部を写した人の功徳でさえかくのごとくなのですから、ましてや信仰心に打たれて経典全巻を書き記した人の功徳ともなれば、それこそ想像に余るものがあるのだろうと、そう語り伝えたのだということです。

【原文】
巻7第2話 唐高宗代書生書写大般若経語 第二 [やたがらすナビ]

【翻訳】
待兼音二郎

【校正】
待兼音二郎、草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
待兼音二郎

『今昔物語集』巻七の第二話は、前話に続いて『大般若経』の霊験譚となっております。

このように似た物語を二話(時には三話、四話と続くことも)続けて並べるのが『今昔物語集』の特徴で、「二話一類」様式と呼ばれていますので、今後の読解のためにも覚えておいてください。

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ではこの第七巻の第一話と第二話における共通点はと言えば、『大般若経』の奇瑞が光明となって現れることです。第一話では玄奘三蔵がインドから持ち帰った同経全600巻の翻訳を終えてのセレモニーの式場で経典が光を放って空から美しい花々が降りそそいだわけでした。これが龍朔三(663)年のこと。そしてこの第二話では、全600巻のうち10巻を皇帝の命で書写した書記官が、病死後に六道地獄の閻魔庁の門前で、右手がとつぜん光を放ったことで閻魔大王の感心を誘い、例外的に死亡をなかったことにしてもらい、蘇生するというお話です。こちらは乾封元(666)年ですから、時系列的にも矛盾なく前話とつながっているわけです。

それはそうと、閻魔大王と対面しながら地獄に落とされるどころか現世への生還を許されるという展開には意外性や希少性が高く、創作の元ネタにもなりそうなお話ですね。日本の平安前期の貴族、小野篁(802~853年)には冥府で閻魔大王の補佐をしていたという伝説があり、冥府との行き来には井戸を用いていたということで、京都の六道珍皇寺にあるものがその井戸なのではないかとされているそうですが、小野篁の生涯は遣唐使の時代に重なりますから、二国をまたいだ物語にもできそうですね。

さて書経といえば仏教経典の文言を書き写すことですが、それに似た行為に、文学の名作の文章をそのまま書き写すという文章修行のやり方があります。自分もやったことがありますが、パソコンで文字を打つのではなく紙の上にペンや鉛筆で文章をなぞるという行為には独特の没入感があり、前頭葉の血流が促進されるような心地すらして、なかなかよいものです。

いっぽうその対極にあるのがコピペ、つまりは盗用です。大学のレポートや、一部の粗悪メディアやアフィリエイトブログのWeb記事に、コピペを加工しただけのまがい物がはびこる昨今。そうして記事を量産するモラルなき書き手と、コピペを前提に記事を買いたたく粗悪メディア、そして悪質性や違法性を重々知りながら両者のマッチングを積極的に進めるクラウドソーシング事業者という三者の共依存関係がトライアングル構造をなしているわけですが、今後の人工知能の発達により、そのトライアングル構造にひびが入り、そうした人力コピペ記事は遠からず駆逐されていくのではないでしょうか?

Google検索結果のリストに表示される断片的な文章にすでにその一端が窺えますが、キーワードを投げた結果の情報のまとめは、いずれ機械が無料で完璧にやってくれるようになり、人間にはした金でやらせることが意味をなさなくなると思うからです。

となると人間に残されるのは、全身全霊を込めた鏤骨彫心の文章術ばかり。かくして文筆仕事のあり方はインターネット到来以前の旧に復すると自分は楽観しているのですが、はたしていかがなものでしょうね。

(閻魔はチベットではヤマと呼ばれ『死者の書』にも登場する。17-18世紀ごろの仏画)

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