巻五第二話 国王が山に入って姫を獅子に取られる話

巻五(全)

巻5第2話 国王狩鹿入山娘被取師子語 第二

今は昔、天竺にある国がありました。その国の王は山へ行き、人を使ってほら貝を吹かせたり鼓を鳴らしたりと山間に入らせて鹿を脅かして追いたて、そのように楽しむことがありました。さて、その王にはそれは大事にしていた姫が一人ありました。片時も傍から離すことなく大切に育て、山へ行くときにも姫を籠に乗せて連れて行きました。

日暮れ間際、この鹿追いで山に入った者たちが獅子が寝起きをする洞穴に入り込んでしまいました。脅かされた獅子は崖の上に立ちはだかり、その者たちに激しく凄まじい声で吠えかかりました。そうしてどの者もその恐ろしさに取り乱し、その場から逃げ去りました。走って転んでしまった者も多く、娘が乗っていた籠持ちもそれを捨てて行ってしまいました。国王も方角も分からずともその場を後にし、王宮へ戻りました。

その後、この姫の乗った籠について尋ねさせましたが、籠持ちはすべてを置き去りにして逃げてしまったと言いました。国王はそれを聞き、歎き悲しんで延々と泣き続けました。そのままに姫を置き去りにしておくわけにもいかず、捜索の為に多くの人を山へ送ろうと試みましたが、あまりの恐怖に誰一人としてそれを引き受ける人がありませんでした。

獅子は脅かされたので足で土をひっかき、大声で吠えながら山中を走り回っていると、ひとつの籠があることに気づきました。籠の垂れ絹を食いちぎって中を覗くと、そこには美しい女が乗っていました。獅子はこれを見て喜び、背中に乗せていつもの棲みかとしている洞穴へ連れて行きました。獅子はもちろん姫君を抱きしめて寝ました。姫はまったく正気を失うことなく、しかし生きているとも死んでいるともいえない心地でいました。

そうして数年が過ぎ、獅子は姫を身ごもらせ、臨月になって姫は子を産みました。生まれた子は容姿が整った普通の人間の男の子でしたが、十歳を過ぎる頃になると、勇ましく足の速さとなると尋常ではないことが明らかになりました。

子は母が長い間嘆き悲しむのを目にしてきていました。ある時、父の獅子が食べ物を探しに出かけている間に、「長い間悲しんでいつも泣いていますが、どんな心配事があるのですか? 親子の仲ではないですか。私には隠さないで下さい。」と子は母に尋ねました。母は更に泣き続けて何も言いません。しかししばらくした後、泣きながら母はこう言いました。「私はこの国の国王の娘なのです。」こうして、事の始まりから今に至るまでに起きたことを話しました。

子はそのいきさつを聞き、母と同じくとめどなく泣きました。「都に行きたいのであれば、父が戻らないうちに行きましょう。父の足が速いのはわかっています。でも自分と同じであってもそれよりも速いことはないはずです。だから都に連れて行って隠れて住んでもらい、私がお母さんのお世話をします。私は獅子の子ではあるけれど、お母さんの側に近いのか、人として生まれました。さあ、都に行きましょう。早く背中に乗ってください。」と懇願すると、母は喜びながら背負われました。背に母を乗せ、子はまるで鳥が飛ぶかのように都へ向かいました。母に相応しい人の家を借りて隠し住まわせ、子は大事に母の世話をしました。

父である獅子が洞穴に戻ると、妻と子の姿がありません。「逃げて都へ行ってしまったのか。」と思い悲しんで都の方へ行き、吠えわめきました。国王を含め、これを耳にした人々は慌てふためいてひどく恐れうろたえました。この事態を治めようと、国王は「この獅子による災いから免れるために獅子を殺すことのできる者には、この国の領土の半分を与える」という命を下しました。

そうして獅子の子はその知らせを耳にし、「獅子を討伐してその身を献上するので、その報酬をいただきたい。」と国王に掛け合いました。国王はそれを聞き、「打ち倒して差し出せ。」と答えました。獅子の子はこの命を受け、「父を殺すというのはこの上ない罪ではあるけれども、私はこの領土の半分の国の王となることができ、そして人間である母を世話していくことができる。」と思い、弓矢を携えて獅子である父のいる場所へと向かいました。

獅子は自分の子を目の前にして、地面に寝そべり転がりながらそれは喜びました。仰向けになり足を伸ばして子の頭を舐めたり撫でたりしている間に、子は毒塗りの矢を獅子のわき腹に突き立たせました。獅子は子を恋しく思うばかりでまったくそれに怒る気配もなく、さらには涙を流して子を舐め続けました。しばらくして獅子は息絶えました。そして子は父の獅子の頭を切り落として都へ持ち帰り、即国王に見せつけました。国王はこれを目にして驚き動揺しました。約束通りに国土の半分を与えようとしましたが、まずはと殺すに至った様子を尋ねました。獅子の子は「この機会に事の始まりからの話をして、私が国王の孫であることを知っていただきたい。」と思い、母がそれまでに言い聞かせてきたことを話し始めました。

国王はその話を聞き、「それならば私の孫であるのか。」と理解しました。「すでに交わした命に従い国の半分を分け与えるとはしたが、父親を殺した者を褒めたたえれば私もその罪から逃れられないことになる。しかしそうではあっても、報酬を取りやめれば全く約束を守らないことになる。ならば、遠くにある領土を与えよう。」ということで、ある国を与え、母と子をそこへ行かせました。

獅子の子はその領土の国王となりました。その子孫が今でもその土地に住んでいます。その国の名前は「執獅子国(しゅうししこく、現在のスリランカ)」だと語り伝えられています。

【原文】
巻5第2話 国王狩鹿入山娘被取師子語 第二 [やたがらすナビ]

【翻訳】
濱中尚美

【校正】
濱中尚美・草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
濱中尚美

このお話の登場人物は表題にある三人(獅子もそのひとつとして)ではなくて四人なのですが、読み進めていくと姫の存在があるようで薄くなり、表題にはない第四者がこの物語の主人公になることがわかります。その姫を母とする子が自分の母の世話をするためにその国の王になる。そこまでしなくてもひっそりと幸せに暮らせたんじゃないの? と思わなくもないのですが。

国王とその娘が生き別れになってしまって気の毒だったなあと思ったのですが、その失われたはずの自分の娘が実は生きていて、しかも自分の孫にあたる若者が王の面前に現れたとき、王は自分の娘に会いたいと思わなかったのでしょうか。そしてその若者が自分の父である獅子の頭を切り落として(若者の心の葛藤がほぼ読み取れないのが不思議なくらい)祖父の王の前に差し出したとき、それをやり遂げてしまった若者を王がひどく恐れたとしても、自分の娘までも遠くへとやってしまうということはどういう心境だったのでしょうか。王というのは普通一般の感覚からすると理解に苦しむような選択をしてしまうものなのでしょうか。

今昔物語集の作者は不明ではありますが、このお話の内容はもともと中国の玄奘三蔵によって西暦7世紀に書かれたインドへの旅の見聞録・地誌「大唐西域記」に収められているようです。インドから中国を経て日本に仏教がもたらされる流れの中にこの話もあったのですね。

小説「西遊記」の原本でもあります。

玄奘三蔵の生涯-薬師寺公式サイト|Guide-Yakushiji Temple

国立国会図書館貴重書展:展示No.11 大唐西域記

玄奘三蔵の旅路を地図で見ると、壮絶だったんだろうなということは想像に難くないです。よくやりましたね。長距離バスとかまさか走っていないですし。

詳細に異なることがあるようですが、このお話は更にはマハーワンサ(Mahāvaṃsa)にある物語だということにも広がります。マハーワンサは西暦5世紀に記されたスリランカの宗教と歴史に関する書物で、玄奘三蔵はインドで仏典の研究と仏跡の巡礼をする間にこれに出会い、そしてこの話を中国に持ち帰って翻訳したのではないでしょうか。そんな大昔に遡りながら、現在スリランカとされる国がどのようにできたのかを物語として示すいくつかの媒体がアジアの各地域に現存しているということなのですね。

The Mahavamsa - Great Chronicle - History of Sri Lanka - Mahawansa
The history of sri lanka the Mahavamsa also mahawansa is a continuous historical record of the Sri Lankan going back to almost the Lord Buddha \'s time - histor...

物語の途中で存在感がなくなる獅子に関してですが、どうして獅子だったのでしょうか?物語には隠れた意図が示されることがありますが、ここでも隠喩らしきものがあるとすると、やはり獅子(ライオン)は百獣の王であるというそれへの警戒心なのではないか、そう思います。万が一これが本当のお話だとして、ご先祖様がライオンって、国としてはいいんですかね? そういえば国内闘争でのお相手はタミルのトラですね。なるほど。

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インドといえばベンガルトラの生息地としてよく知られると思いますが、保護によってインド西部のみに現在生息するインドライオンが大昔にはアジアのこのあたりの地域にたくさん?いたのだろうと思います。権力を持つ者が知恵や勇敢さを備える人間の存在を恐れるというのは、なんだかどの国のどの時代にも変わりないことのようですね。

インドライオン

インドライオン

今昔物語集にあるこのお話は仏教説話にあたるもので、そういう場合は何かしら教訓のようなものが込められているのでは、と思います。ではこのお話の教訓は一体何なのでしょうか? 私の見解では、王たるものは情に流されてものを決断するものではない、そんなところではないかと。結果としてそれが良いのか悪いのか、それは王のみが理解できることかもしれません。この物語集が書かれた当初、それを読むことのできる立場にあった日本の権力者たちなどは、これを一体どう思ったのでしょうか。

『今昔物語集』には下記の話もあります。

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