巻24第14話 天文博士弓削是雄占夢語 第十四
今は昔、[伴世継(とものよつぎ)]※1という者がおりました。穀蔵院(こくぞういん・民部省所管の倉庫)の使者として、その封戸(ふこ)の税を徴収する※2ために東国に行き、何日かしてから帰京する途中、近江国の勢多(せた、滋賀県大津市)の駅(ウマヤ)に宿をとりました。
ちょうどその時、その国の国司である[藤原有陰]※3という人が国舎に来ていて、陰陽師で天文博士である弓削是雄(ゆげのこれお)という者を京から招き、大属星(だいぞくしょう)※4を祭らせようとしていましたたが、その是雄がこの世継と同宿していました。
是雄が世継に、「あなたは、どちらから来られたのですか」と尋ねると、「私は穀蔵院の封戸の税を徴収するために東国に下っていて、今帰京しているところです」と答えました。このように互いに話しているうちに、夜になったので皆寝入りました。
ところが、世継はその夜凶夢を見て目が覚めました。目覚めた後、是雄に、「私は、昨夜凶夢を見ました。ところが、幸いにもあなたと同宿しています。この夢の吉凶を占っていただけないでしょうか」と頼みました。是雄はこの夢を占って、「あなたは明日家に帰ってはいけません。あなたに害を加えようとする者※5が、あなたの家にいます」と言いました。しかし世継は、「私は長らく(別書物では二年)東国に行っていて、早く家に帰ろうと願っていますのに、ここまで帰って来て、徒(いたずら)に日を過ごすことは出来ません。また、たくさんの官物(税として徴収したもの)や私物を持っています。どうして此処に留まっていることなど出来ましょう。どうにかしてその難から逃れることが出来ないでしょうか」と言う。
是雄は、「あなたがどうしても明日家に帰ろうとするのでしたら、あなたを殺害しようとしている者は、家の丑寅(うしとら。東北。鬼門に当たる)の隅に隠れてるはずです。そこで、あなたはまず家に帰り、荷物などを取り片付けした後、あなた一人で弓に矢をつがえて、丑寅の隅にそのような者が隠れていそうな所に向かって、弓を引き絞り狙いをつけてこう言いなさい。『おのれ、我が東国より帰って来るのを待って、今日我を殺害しようとしていることは、あらかじめわかっているぞ。さっさと出て参れ。出て来なければ射殺してしおう』と。こう言えば、陰陽道の術をもって、姿は見えなくとも、自ずから事が発覚しましょう」と教えました。
世継は、こう教えてもらい、明くる日、急いで京に帰りました。
家に帰り着くと、家の者は、「お帰りになった」と言って、大騒ぎして迎えました。世継一人は家に入らず、荷物などをみな片付けさせ、それから、弓に矢をつがえ、丑寅の隅の方にぐるりと回ってみると、片隅にむしろをかけている者がありました。「此処であろう」と思い、弓を引き絞り矢を差し向けて言いました。「おのれ、我が帰京を待って、今日我を殺害しようとする。我は、そのことをあらかじめ知っている。早く出てこい。出て来なければ、射殺してやる」と叫ぶと、むしろの中から法師が一人出て来ました。
直ちに従者を呼んでこの法師を捕縛させて問い詰めましたが、法師はしばらくは白状しません。そこで拷問にかけると、ついに落ちて、「もう隠しだてはしません。私の主人の法師が長い間こちらの奥方と密通なさっておりましたが、今日ご主人が帰って来られると聞いて、『帰宅を待って、必ず殺してしまえ』と、殿の奥方が仰せられたので、このように隠れておりましたが、すでに知られておりましたとは」と白状しました。
世継はこれを聞いて、自分の前世の報いが良くて、あの是雄と同宿して命が助かったことを喜びました。また、是雄がこのように占ったことが的中していたことに感激し、まず是雄のいる方角に向かって拝礼しました。
その後、法師を検非違使に引き渡しました。妻とは、離縁しました。
これを思うに、長年連れ添った妻といえども、心を許してはいけません。女の心は、このような者もいるのです。また、是雄の占いは不思議です。昔は、このように霊験あらたかな陰陽師がいたのだ、と語り伝えているということです。
【原文】
【翻訳】 松元智宏
【校正】 松元智宏・草野真一
【協力】 草野真一
【解説】 松元智宏
※1 本文欠字。『善家異説』によれば伴世継があたる。
※2 要するに自分の収入になる税金を集めて回っていたのです。
※3 本文欠字。『善家異説』藤原有陰があたる。
※4 陰陽道(おんようどう)で、生年によって決まり、その人の運命を支配するという星。(北斗の拳のケンシロウにおける北斗七星のようなものと思うとイメージしやすい)
※5 『善家異説』では鬼。
平安時代における夢
平安の人々は夢をお告げと解釈します。夢に人が現れたら、私のことを思ってくれているのね、と解釈しますし、大金持ちになる夢を買うことで大金持ちになろうともします(宇治拾遺物語「夢買ふ人の事」)。だから、この話では不吉な夢を見た世継が、たまたま同宿していた弓削是雄という陰陽師に夢占いをしてもらうわけです。
陰陽師は、占うにあたって計算を行うときに、式盤(しきばん)を使ったと言います。占いとなると、焔に向かって何やら呪文を唱えるイメージがありますが、陰陽師は天文博士を兼ねているように数や計算と密接に関わっているようです。
物語前半は、凶夢による命の危機、それに対する陰陽師のアドバイスなど、不思議な雰囲気が物語を引っ張ります。
「宇治拾遺物語」巻十三 (165)夢買ふ人の事
法師の凋落
物語後半では妻の不貞というやたら人間臭いオチが露呈します。しかも、不貞の相手は厳しい修行により妻帯すら禁止されている法師です。陰陽師の見事な占いと、法師の不倫。陰陽師=偉い、法師=ダメなやつ、という認識を人々に植え付ける働きを物語全体が担っています。作者が意図的かどうかは分かりませんが、法師をこき下ろす物語を書く者がいて、そのような物語が「今昔物語」に収録されていたという事実があるわけです。僧から、陰陽師や武士に、人々の畏敬の念が変遷した一端がこの話からも読み取れます。
今昔物語における心理描写
物語終盤において、留守の間に妻が不貞を犯していたという事実が明るみに出ます。しかし、妻が不貞を犯し、しかも命まで奪おうとしていたことに関する世継の心情描写はまったく描かれていません。描かれているのは、命が助かって良かったということと、弓削是雄の夢占いが見事であることのみ。そして、「其の後、法師をば検非違使に取せてけり。妻をば永く棲まず成にけり。(法師を検非違使に引き渡し、妻とは離縁した)」と、わずか二文で済ませてしまいます。現代の小説やドラマでは、この恋愛のもつれを長々と描きまくるのですが、「今昔物語」では心理の説明も、心情描写も、情景描写もありません。
今昔物語の登場人物は近代小説のように複雑な心理をもっていない、と芥川龍之介は書いていますが、まったくその通り。「彼等の心理は陰影に乏しい原色ばかり」(「今昔物語鑑賞」芥川龍之介)なのです。
【参考文献】
新編日本古典文学全集『今昔物語集 ③』(小学館)
この話をさらに読みやすく現代小説訳したものはこちら
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