巻二十六第十四話 陸奥守に仕えていた男、黄金を見つけて裕福になる

巻二十六

巻26第14話 付陸奥守人見付金得富語 第十四

今は昔、陸奥守(むつのかみ・現在の東北地方の国司)□□という人がいました。
また同じころ、□□という者がいました。
二人が若いころ、守が意外にも自分をひどく憎んでいることがあったとも知らず、□□はは守に付き従っていましたが、守は下へも置かず厚遇したので、「うれしい」と思っていました。

陸奥国では、厩の別当(べっとう・管理人)をもって第一の恩顧者とする習わしであり、京にいる間は、そんなことはまだ決めていませんでしたが、何かの機会に馬が手に入った際には、その世話をさせたりして、この男を厩の別当にするかのように取り扱ったので、人びとは皆、「この人が第一の側近に違いない」と思い、下人たちも多くこの人に付き従いました。

さて、守はこの男を伴って陸奥国へ下りましたが、京を出てからずっとこの男以外には相談もしないので、道中、彼は多くの従者にかしずかれて、はなばなしく見えたのは当然のことです。
こうして、肩を並べる者もない勢いで下るうち、いつしか陸奥国までやってきました。
そこは、昔は白河関(しらかわのせき・陸奥国への関門で、奥州三関の一つ。福島県白河市旗宿)といった所で、守がその関所に入るときには、供の名を書き上げ、それに従って順々に関所へ入れ、入れ終ってから、木戸を閉じることになっていました。
そこで、この守は供の者の名簿を目代(もくだい・国司の代官)に渡して中へ入ってしまいました。

白河の関 古関蹟

男は、「こういう仕事もきっと自分にやらせるだろう」と思っていたところ、まったく別の者の指図で、関の番人たちがずらりと並んで、「だれだれ殿の一統の者、入れ。なになに殿の一統の者、入れ」と呼び出し、主従の者が順々に入っていきます。
「最初にわしを呼び出すだろう」と思って聞いていましたが、四、五人まで呼んでもまだなので、「わしをしんがりに入れるのであろう」と思い、自分の従者たちを率いて待っていました。
「みんな入れ終ってから、わしの番だ」と思っていると、木戸をぱたりと閉じて、そのままかまわず入って行ったので、あっけにとられ、ぼう然と立ち尽くしていました。
今さら引き返そうにも、都を春霞と共に発って、すでに秋風の吹く頃になっています。
たとえすげなく取り扱われようとも、しばらくでも陸奥国に置いてくれればよいものを、入国の指名から□□は外されてしまったのです。

こうなると、ついてきた従者たちは、「俺たちは、こんな人の従者になって、まったくひどい目をみた」と、散々に悪口雑言を言い、みな主人を捨てて行ってしまいました。
捨て去りも出来ない従者四、五人ほどが残って、「いずこにせよ、これからおいでになる所にお送りした上で、我々はどこへなりとも立ち去るつもりです」と言って、おのおのぶつぶつと愚痴をこぼして嘆いていました。
主人はこれを見て、どうすればよいかわからぬまま、近くの底は白砂の浅い小川に降り立ち、鞭の先で水底の砂をここかしこ、かき回していると、鞭の先に黄色い物があります。

「何だろう」と思って、かき回すと、それは丸い形をしており、鞭がその周りをするりと回ったので、そっと砂をかきのけ、顔を近寄せて見ると、小さな瓶(かめ)の口でありました。
「瓶だったのか。人の骨でも入れて埋めたのかも知れぬ」と、気味悪く思いましたが、注意してこじ開け、瓶の中を見ると、なんと黄金を瓶一杯入れて埋めてあったのでした。
これを見るや、これまでの「わびしい」と思っていた気持ちがとたんに晴れ、「陸奥国に無事に下り着き、道中のときのように重用されて任期の間勤め上げても、黄金をこれほど多く手に入れることは絶対にできまい」と思い、近くにいた従者たちに見つからぬよう体で隠しながら、この瓶をそっと抜き出し、ひどく重いのを我慢して懐に入れ、着物の袖をちぎって腹にゆわえつけてから、従者たちのいる所へ歩み寄り、「あの守の奴めがわしをこんな目に遭わせたからといって、ここでむざむざと骸(かばね)をさらすわけにはゆかぬ。越後守(えちごのかみ・現在の新潟県の国司)は長年親しくしていただいている御方だ。今、国許におられるはずだから、その越後へ行こう」と言うと、四、五人残った従者たちの中には、「それもどうしたものでしょうかな」と言う者もあり、「かまうことはありません。おっしゃっる通りに越後へおいでなされませ」と言う者もあります。
ああだこうだと言いましたが、かまわずどんどん馬を進めたので、従者たちもしぶしぶと遅れがちについて行きました。
その夜は近くに宿をとりました。
例の小さな瓶は行李(こうり)の底深くしまって置きました。

こうして□□はせて行くうち、日数を重ねて越後の国の館へ行き着きました。
「しかじかの者が参りました」と取り次がせると、中に呼び入れ、守が出て来て、「陸奥国に行ったはずだが。ここにどうして来たのだ」と訊きます。
□□は、「そのことでございます。普通、受領は京で名簿を書き、連れて下るまいと思う者はそれから除くので、残留するのはそれを見て決めることになっています。それなのに、今度の場合、京を出てから道中ずっと、万事相談してくださったので、私には何の落ち度もないものと思っておりましたが、じつは内心、毒を含んでおられて、白川関で指名から外されてしまいました。そこでどうしようもなく、あなた様をお頼りして、やっとのことで参ったのでございます」と言います。
守は、「それはまことに気の毒なことであった。陸奥守どのは、そなたにとって前世からの仇であるようだ。それにしても、そなたがそんな目に遭ったのは気の毒なのもさることながら、わしとしても思惑が外れてしまったよ」と言います。
「それはいかなることでございますか」と訊くと、守は、「じつは、わしは長年の宿願で、一丈六寸(高さ約三メートル)の阿弥陀仏をお造り始めていたのだが、そなたが陸奥守の第一の側近として下ると聞いて以来、仏像に使う金箔はそなたを当てにしていたわけだ。それが、そのようなわけで来たのであれば、もはやどうしようもないな」と言います。
そこで、「黄金は、どれほどご入用ですか」と尋ねました。
守は、「つまらぬことを聞くものだ」と思いながら、「『七、八十両(重量の単位)ほどはいるだろう』と聞いておる」と答えると、「それくらいならば、陸奥国に下らずとも、なんとか手に入れてみせましょう」と言います。
守は驚き、「人の願いはおのずと叶えられるものよのう」と言い、すぐに部屋を与え、食べ物・飼い葉などに至るまで特に念入りにもてなしたので、そのときに、今までしぶしぶついてきた従者たちはまた思い直し、精出して羽振りの良いさまで仕えるようになりました。
さて男は、部屋に帰り、行李を開いて小瓶の口をこじ開け、黄金百両を取り出して持って行き、守に与えると、守は言いようもなく喜び、この上なくもてなしたので、陸奥国にいるよりはかえって良い目を見ることになりました。

やがて、越後守は陸奥守より前に任期が終わり、この男は大金持ちになって上京しました。
京でも金を多く持っているので悠々と[暮らしている]うち、内舎人(うどねり・禁中の宿衛、雑役、行幸の供奉警固にあたる役人)になりました。
こうして朝廷に仕えていましたが、天皇の代が替わって、不破関(ふわのせき・三関の一つ。岐阜県不破郡関ヶ原町)の□□という役になって、この関に下り、警護に当たりました。

不破関跡

そのとき、かの陸奥守が中上りということで、妻や娘などと共に上京してきて、関を警護しているところにさしかかり、「おまえはわしなどではなく、朝廷にお仕えすべき者であったな」と言って通ろうとしましたが、通すはずがありましょうか。</span>通ろうにも通さず、引き返そうにも引き返せず、追いつめて途方に暮れさせ、関に置いて[責めさいなんだ]ので、守は朝廷に訴えましたが、すぐには御沙汰もなく、そのうち、供の人夫たちも主人を捨てて皆、逃げ去りました。
馬たちも飢え死にさせ、十分に恥をかかせ、ひどい目に遭わせてやりました。

このように、人に対しては、やたらと憎しみを持ってはいけません。
また、仏神の加護でもあったのでしょうか、この男は思いもよらず、黄金を見つけ、豊かになりました。
これも前世の福報によるものであろう、とこう語り伝えているということです。

【原文】

巻26第14話 付陸奥守人見付金得富語 第十四
今昔物語集 巻26第14話 付陸奥守人見付金得富語 第十四 今昔、陸奥の守□□□□と云ふ人有けり。亦、其の時に、□□と云ふ者有けり。 互に若かりける時に、守、心より外に、「頗る妬し」と思ひ置たる事の有けるを知らずして、□□、守に付たりけるを、守、艶(えもいは)ず饗応しければ、「喜(うれし)」と思て有けるに、陸奥の...

【翻訳】 柳瀬照美

【校正】 柳瀬照美・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 柳瀬照美

陸奥守となった男の悪辣な奸計によって白河の関(福島県)を締め出された男が、黄金の入った瓶を拾ったことから吉運に転じ、後年、不破の関(岐阜県)の役人となったことで、陸奥守が任期途中で京へ戻る中上りを阻止して恨みを晴らした。

後世の諺『江戸の敵を長崎で討つ』を地で行くような話。

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【参考文献】
小学館 日本古典文学全集24『今昔物語集四』

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