巻26第20話 東小女与狗咋合互死語 第二十
今は昔、□□国□□郡に住む人がありました。
その人の家に十二、三歳ほどの少女の召使がいました。
また、その隣に住む人の家で、白い犬を飼っていましたが、どういうことか、この召使の少女を見ると、敵(かたき)のように飛び掛かって咬みつこうとします。
そこでまた、少女の方もこの犬を見ると、決まって打とうとするので、これを見る人は、ひどく怪しいことだと思っていました。
そのうちに、この少女が病気になりました。
流行り病でもあったのでしょうか、日が経つにつれ病が重くなったので、主人はこの少女を家の外に出そうとしました。
そのとき、少女が言います。
「私が誰もいない所に放り出されたら、きっとあの犬に食い殺されてしまうでしょう。病気でもなく、人の見ている時でさえ、私を見ようものなら、むきになって咬みつきます。まして、誰もいない所に重病で寝ていたなら、必ず食い殺されます。だから、この犬の知らない所に出してください」
それを聞いて主人は、「もっともなことだ」と思い、食べ物の用意などすっかり整えて、こっそり遠い所へ出してやりました。
「毎日、一、二度はきっと誰かをやって世話をさせるよ」
と、言いなだめて出しました。
さて、その翌日は、この犬はちゃんと家にいました。
それを見て、「この犬は気づいていないぞ」と安心していました。
しかし次の日、この犬がいなくなりました。
不審に思い、あの少女を出した所を見させに、人を遣りました。
その人が行って見ると、犬が少女の所に行って、食いついていました。
見れば、少女と犬は歯をむき出し互いに食い合って死んでいました。
使いが帰って来て、このことを話すと、少女の主人も犬の飼い主も共に少女のいる所に行き、この様子を見て驚き怪しむとともに、哀れに思いました。
これを思うに、この両者は現世だけの敵ではなかったのかと言って、人びとはみな不思議がった、とこう語り伝えているということです。
【原文】
【翻訳】 柳瀬照美
【校正】 柳瀬照美・草野真一
【解説】 柳瀬照美
重病人を外に出すのは薄情に思えるが、この行為は当時の習俗で、死穢(しえ)を忌み嫌って、門外に出したもの。
食事や敷物などを取りそろえ、人をやって世話をさせようとする主人は、まだ情のある人だったと思われる。
【参考文献】
小学館 日本古典文学全集23『今昔物語集三』
●松元智宏氏訳(2021)
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