巻26第23話 鎮西人打双六擬殺敵被打殺下女等語 第廿三
今は昔、九州の□□国に住んでいた男が、相婿(あいむこ)の者と双六を打ちました。
この男は非常に荒々しい人で、弓矢の道で世を渡っている武士であり、相婿はごく平凡な男でありました。
双六というものは元来、口論がつきものであります。
ですので、二人が賽の目について口論しているうちに、ついには喧嘩になりました。
この武士の方は相婿の髻(もとどり)をつかみ、ねじ倒して前に差した刀を抜こうとしましたが、刀は鞘につけた紐をおびとり(解説参照)に結びつけてあるので、片手でその結び目を解こうとします。
すると、相手はその刀の柄にひしと取りついたから、腕自慢の力の強い男でありましたが、抜くことが出来ず、ひねくり回しているうち、傍の引き戸に包丁刀(料理用の刀)が差してあるのが目についたので、髻をつかんだまま、そこへ引っ張っていきました。
髻をつかまれた男は、「引き戸の所まで行こうものなら、俺は突き殺されるだろう。もう終わりだ」と思い、なんとかして行くまいと抵抗していました。
もともとこの家は、髻をつかまれた男の家で、台所の方には下働きの女たちが多くいて、酒を造る粉というものを、わいわい騒ぎながらついていました。
髻をつかまれたこの家の主人は抵抗したものの、こらえきれず、どんどん引きずられて行きながら、声を限りに、
「助けてくれ」
と叫びます。
とは言ったものの、そのとき家には男が一人もいなかったので、この粉をひいている女たちが声を聞きつけ、杵(きね)というものをひっさげて、みんなでその場に走り上がって見ました。
すると主人が髻をつかまれ、今にも殺されようとしています。
「さあ大変。きっと御主人を殺そうとするのだ」
と言って、この髻をつかんでいる相手を取り囲んで、杵で殴りつけました。
まず頭を強く打たれ、仰向けざまに倒れたのを、そのまま襲い掛かって殴りつけたので、打ち殺されてしまいました。
そこで主人はやっと起き上がり、相手から離れました。
このあと、きっとお上からお裁きがあったでありましょう。
けれど、あとのことは分かりません。
この武士は相婿など相手にならないほどの猛者でありましたが、ふがいなくも女たちに打ち殺されてしまったので、これを聞く人は意外なことだと口々に言い合った、とこう語り伝えているということです。
【原文】
【翻訳】 柳瀬照美
【校正】 柳瀬照美・草野真一
【解説】 柳瀬照美
相婿とは、妻の姉妹の夫のこと。
おびとりは、太刀を腰につるため、太刀の足金に通した革紐、または組み紐のこと。
太刀は平安から室町初期まで多く用いられ、刃を上にして腰にはく。
刀は室町中期以降に盛んに造られ、刃を上にして腰に差す。
「酒造りの粉」――当時は穀物の粉を水に浸し、発酵させて酒を造ったので、その原料になる米の粉のこと。
双六で現在良く見るのは、江戸時代前期から民間で行われてきた絵双六。
平安時代では、インドに起こり、中国を経て奈良時代以前に伝わった盤双六のことをいう。
盤双六は二人が対座して行うバック・ギャモンに似たゲームで、古くから賭けが行われた。
双六から傷害事件になることは、当時よくあることだったらしい。
【参考文献】
小学館 日本古典文学全集23『今昔物語集三』
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