巻二十六第二十四話 兄を殺そうとした弟の話

巻二十六(全)

巻26第24話 山城国人射兄不当其箭存命語 第廿四

今は昔、山城国(やましろのくに・京都府南部)□□郡□□郷に住む兄弟がいました。
どういう事情があったのか、弟は心の中で、何とかして兄を殺そうと思っていましたが、胸に秘めて、そ知らぬ体で過ごしていました。
兄は何もそのことは知りませんでした。

こうして弟は隙をうかがい、油断を見すましているうち、十二月二十日過ぎのころの夕暮れに、兄は近所の人の家へ行き、夜になるまで食ったり飲んだりして話をしていましたが、弟が「今こそ良い折だ」と思って狙っていることも気づきません。
弟は夜の闇に紛れて弓矢だけを持って、兄のいる家の門の陰に身を寄せ、兄が出て来るのを、ただ一矢で射殺そうと思い、待ち構えます。
「夜もしだいにふけた。話が終わって出て来るぞ」と今か今かと待っていました。
兄はこのことを夢にも知らず、話が終わり、連れていた若い従者に灯をともさせて出て来ました。
弟は喜んで、弓に大きな矢をつがえ、強く引き絞って一段(いったん、解説参照)ほどの距離から狙いすまして射たからには、弓矢の道に心得がない者ですら、どうして射はずしましょうか。
ましてや、この弟は素晴らしい弓の名手でありましたので、確実にど真ん中を射ました。
「手ごたえがあるはず」と思っていたところ、矢は、ちぃんと鳴って脇にそれたので、「どうしたことか」と思い、二の矢を胡簶(やなぐい)から抜こうとします。
兄は戸を開けて外に出ようとすると、思いもよらず、弓の音が近くにすると同時に矢が飛んできて、自分の体のど真ん中に命中したと思ったとたん、ちぃんと鳴って脇にそれたので、慌ててさっと家の中に引き返し、戸を閉じました。
驚きあきれ、ぼう然としていましたが、見れば、なんと自分の前に置いた刀の目ぬきに貝の螺鈿(らでん、解説参照)が施してありましたが、そこに矢が刺さったと見えたと思うと、その螺鈿に当たって跳ね返ったのでありました。
家の者もこれを見て大騒ぎをしました。
村の者たちも、これを次々に聞き伝え、手に手に弓矢を持ち、明かりを灯し、がやがや言って犯人を捜し求めましたが、弟は射たあとすぐ踊るように逃げて行ったので、見つかるはずはありません。

はじめは弟の仕業と分からなかったのですが、その夜、射た矢を村の者たちが探し出したところ、まさに弟が日頃持っていた矢であったので、隠しようがなかったのでした。

それゆえ、きっとお上のお裁きがあったことでしょう。
けれどもその後、どうなったかは分かりません。
この話は兄が語ったのを聞いた人が語ったものであります。

弟であれ肉親であれ、決して心を許してはならないと、この話を聞く人びとは口々に言い合った、とこう語り伝えているということです。

黒蝋色花丸紋蒔絵螺鈿鞘大小拵。蒔絵と螺鈿で豪華に装飾された大小(打刀と脇差)の拵。明治時代

【原文】

巻26第24話 山城国人射兄不当其箭存命語 第廿四
今昔物語集 巻26第24話 山城国人射兄不当其箭存命語 第廿四 今昔、山城国□□の郡□□の郷に住む人、兄弟有けり。何なる事か有けむ、弟、心の内に、「兄を何かで殺さむ」と思けるを、只打思たる様に持成てなむ過ける。兄、何にも此の事を知らざりけり。

【翻訳】 柳瀬照美

【校正】 柳瀬照美・草野真一

【解説】 柳瀬照美

一段(いったん)は距離を測る単位で、六間(ろっけん)。六間は約11メートル弱のこと。
ちなみに、一間は六尺(約1.818メートル)。

螺鈿(らでん)とは、オウム貝などの真珠光を放つ部分をとって薄片とし、さまざまな形に切って、漆器あるいは木地などの面にはめ込んで装飾とするもの。一般に、薄貝をはめ込んだものを青貝、厚貝をはめ込んだものを螺鈿という。

巻二十六第八話④ 神になった男(生贄になった男④)
(③より続く) 巻26第8話 飛騨国猿神止生贄語 第八 生贄を出した家の家主は、「私が出した生贄に問題があったのだろうか」と冷静ではいられず、怖ろしく思っていました。生贄の男の妻は思いました。 「夫は刀を隠して持っていった。このように...

【参考文献】
小学館 日本古典文学全集23『今昔物語集三』

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