巻27第18話 鬼現板来人家殺人語 第十八
今は昔、夏の頃、ある人の元に、若い侍で立派な者二人が、南向きの放出(はなちで)の間で宿直していました。この二人は元から武道の心得があり、□な田舎人たちに、太刀などを持ち、徹夜で物語をしていました。
また、家に年長で得意顔をしている、諸司(役人)である允(いん、馬を扱う)の五位が上座敷に一人で宿直して寝ていました。二人のような心得もなかったので、太刀・刀も帯びずにいました。
放出にいた二人の侍は、夜がいよいよ更けてくる頃に見上げると、東のうてな(台)に、板があわられるのを見ました。
「あれはなんだ、あそこに板が出てくる訳もない。もしや、人が放火しようと思って屋上に登ろうとしているのではないか。とはいえ、下から板を立てて登るべきなのに、上から挿し出すなんて納得のいかないことだ」
二人して忍んで言いました。この板は徐々に挿し出してきて、七・八尺(約210~240メートル)ばかり挿し出しされました。
奇妙なことと見ていると、この板が突然ひらひらと飛んで、この二人の侍のいる方向へ来ました。だから「これは鬼だろう」と思って、二人の侍は太刀を抜き、「近くに来たら切ってやろう」と思って、それぞれ膝まづき、太刀を構えなおしていたので、その板は来ることがなく、傍にある格子の隙間がほんの僅かあるところからこの板がこそこそと逃げていきました。
こうして逃げて行ったのを見ると、その内側は出居(でい、客間)の方なので、そこで寝ている五位の侍が、物に襲われた人のようで、二、三度ほどうめいて、また音も立たなくなりました。この侍たちは驚き騒いで、走り回って、人を起し、「こうこうこういうことがあった」と告げました。人々が起きて、火を灯して近寄って見ると、その五位の侍はまっ平になって殺されていました。板は、外へ出て行って見えなかったのか、内側には見当たりませんでした。人々は皆これを見てひたすら恐れ慄きました。五位をすぐに外へ出しました。
思うに、この二人の侍は太刀を持って切ろうとしたので、板は近寄ってこなかったが、内側に入って、刀も持たないで安心して寝入っていた五位を殺したのでしょう。
その後はその家にこうした鬼がいると知られ、また元からそうした所であったのでしょうか、詳しいことは分かりません。
男子たるものは太刀・刀を身に帯びていなければいけないものです。このことによってその時の人は、太刀・刀を帯びるようになったと語り伝えています。
【原文】
【翻訳】 長谷部健太
【校正】 長谷部健太・草野真一
【協力】草野真一
【解説】長谷部健太
太刀や刀には怪異を退ける退魔の力があると信じられていた。その太刀を持っていなかったために鬼に殺された五位を非難する話。武家の規範意識がうかがえる。ここまでの話を見れば明らかなように、当時の人々にとって鬼は現代人よりも恐ろしいものであり、それに対抗できるなにかを捜し求める意思も強かったと見られる。その一つが新興階級である武家の太刀なのだろう。
【参考文献】
日本古典文学大系『今昔物語集 四』(岩波書店)
『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』(講談社学術文庫)
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