巻二十七第三十話 小さい霊と血染めの白米の話

巻二十七(全)

巻27第30話 幼児為護枕上蒔米付血語 第三十

今は昔、ある人が方違え(解説参照)のために下京あたりの家に行きました。その家に昔から霊がついているのを知らず、みなで休みました。幼い子もありました。

幼い子の枕の近くに火をともし、そばにいた二、三人はみな休んでしまいましたが、乳母のみは目をさまし、幼い子に乳を与えていました。夜半ごろ、塗籠(ぬりこめ、押し入れなどの収納)の戸が細く開きました。そこから身長五、六寸ほど(約15センチ)ほどの、装束をつけた五位たちが、馬に乗って、十人ばかり出てきて、枕もとを通っていきます。乳母は「怖い」と思いながら、打ちまきの米をつかんで投げると、小さい五位はさっと消え失せました。

いよいよ恐ろしく思ううち、夜が明けました。枕もとを見ると投げた打ちまきの米に、血がついています。当初はしばらくその家に滞在する予定でしたが、恐ろしいのですぐに帰りました。

この話を聞いた人は、「幼い子の周囲には、かならず打ちまきをするべきだ」と言いました。また「打ちまきをしていた乳母はたいへん賢い」と、乳母を讃えました。

油断して知らないところには泊まってはなりません。世にはこういうところもある、と伝えられています。

【原文】

巻27第30話 幼児為護枕上蒔米付血語 第三十
今昔物語集 巻27第30話 幼児為護枕上蒔米付血語 第三十 今昔、或る人、方違へに下京辺也ける所へ行たりけるに、幼き児を具したりけるに、其の家に本より霊有けるを知らで、皆寝にけり。

【翻訳】
中山勇次
【校正】
中山勇次・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
中山勇次

方違え(かたたがえ)とは陰陽道に基づいておこなわれた慣習で、凶の方角を避け、いったん別の方角に出かけて一泊してから目的地に向かうこと。平安時代にはさかんにおこなわれた。
話の舞台となる下京は京の南半分であり、高貴な人は決して住まないエリアだったそうだ。

今昔物語集 本朝世俗篇』(講談社学術文庫)は優れた訳書であるが、塗籠から出てきた五位たちが「馬に乗っていた」という部分を訳出していない。たぶん、あえてだろう。
小さい人が小さい服を着ているのは違和感なく飲み込めても、小さい馬に乗っているのはおかしいと思う。これは、馬を服と同じく人の付属品と考えられない現代人の感覚だ。

打ちまきとは邪を払うために白米をまく風習であり、現在でも地鎮祭などでおこなわれることがある。砂を代用する地方もある。

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