巻27第35話 有光来死人傍野猪被殺語 第卅五
今は昔、□□国の□□郡に二人兄弟が住んでいました。二人とも勇ましい心の持ち主で、思慮分別がありました。
そうする間、兄弟の親が亡くなったので、棺に入れて蓋を閉め、離れた一間に置きました。野辺送り(遺体を火葬場または埋葬地までもっていくこと)の日はまだ先だったので、四、五日が経ちました。人の不確かな目撃談として、「この死体が置いてある所は深夜になると、不思議なことに光ることがあるのだ」という話を聞きました。
兄弟はこれを聞いて、「これはひょっとして死人が物の気になって光っているのではないのか。それとも、死人の所に物の気が来ているのだろうか。正体をなんとかして明かしてやろう」と話し合いました。
弟は兄に、「私の声がしたら火を灯して、必ずすぐに来て下さい」と約束をしました。夜になると、弟はこっそりとその棺の近くに寄って、棺の蓋をひっくり返して、その上に裸になって髪をざんばらにして仰向けになって横たわり、刀を体にぴったりとくっつけて外から見えないように隠し持っていると、深夜になったと思う頃に、ゆっくりと細目を開けて見ると、天井が光っているようでした。
二回くらい光った後、天井の板を開けて下りてくる者がありました。目を開いていないので何者なのか確かには見えませんでしたが、板敷きにドンと届いた音を立てて落ちてきました。大きそうな者です。それは真っ青に光っていました。仰臥している蓋を取り除けて傍に置こうとする機を窺って、弟はひっしと抱きつき、きな声を上げて、「捕まえたぞ、おう!」と言って、脇と思った所に刀を柄まで突き立てました。
その時に光も消えました。そうしている間、兄はこの時が来るのを待ちかねていたので、すぐに火を灯してやって来ました。抱きかかえてみると、大きな毛の無い野猪に抱きついていて、野猪は脇を刀に刺されて死んでいました。見ると、なんとも呆れて驚くばかりでした。
棺の上に横たわった弟はさぞ気味が悪かったのでしょう。死人の近くには必ず鬼がいるというのに、そんな風に横たわっていられる心持ちはそうそうないことです。野猪(くさいなぎ、*1)だと思っていたから心配をしなかったのであって、それが分かるまでは鬼に違いないと思っていたのでしょう。火を灯してすぐに来るぐらいの人は普通にいるでしょう。
また、野猪は訳も無いのに命を失うものだと語り伝えていることです。
【原文】
【翻訳】 長谷部健太
【校正】 長谷部健太・草野真一
【協力】草野真一
【解説】長谷部健太
前話に続き、野猪が人を化かす話。ここで死体を埋葬せずに安置していたのは殯(もがり、*2)の名残と見られる。
「毛の無い野猪」という描写に、「年をとりすぎたものは妖怪になる」という信仰が窺える。
*1…狸の一種。
*2…主に奈良時代以前、死者の遺体をすぐに葬らず棺などに安置しておくこと。
【参考文献】
日本古典文学大系『今昔物語集 四』(岩波書店)
『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』(講談社学術文庫)
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