巻二十七第三十六話 山中の無人の小屋で葬列を見た話

巻二十七(全)

巻27第36話 於播磨国印南野殺野猪語 第卅六

今は昔、西国から飛脚として上京してきた男がいました。昼夜をとおしてたった一人で京に向かって走り続けていましたが、播磨国(兵庫県)の印南野(いなみの)を通りかかった時に日が暮れました。一夜の宿を求めて辺りを見回ってみたけれど、人気の無い野原の中だったので、宿るべき人家もありませんでした。ただ、山田の番(*1)をする粗末な小屋があるのを見つけて、「今夜だけはこの小屋で夜を明かそう」と思って入って座りました。

いなみ野万葉の森(兵庫県加古郡稲美町)

この男は勇猛な心を持った者で、たいへんな軽装で太刀を帯びているだけでした。こうも人里から離れた田んぼの中だったので、夜とはいえ服も着替えないで眠り込まずに物音を立てないでいた所、夜も更けてきました。かすかに西の方から寺の鐘を叩いて、念仏を唱え、大勢の人々がやって来る物音が聞こえるのでした。男が不審に思ってやって来る方向を見ると、多くの人達が多くの火を灯し連なって、僧達が鐘をいくつも叩いて念仏を唱え、俗人達も多数引き続いていました。徐々に近くに来たので、「なんと野辺送り(葬送行列)だったのか」と見て取ると、この男がいた小屋のすぐ傍を通り過ぎるので、気味が悪くてしかたがありませんでした。

この小屋から二、三段(約20~30メートル)くらい離れた辺りで、野辺送りの列をしていた人々が死人を載せた棺を葬りました。この男はますますじっと静かにしていて身動きもしないでいました。「もし人が見つけて問いただしたら、『西国から上京して来た者ですが、日が暮れたので小屋に宿っているのです』と理由を言おう」と思っていると、また、「野辺送りをする所は前々から準備をして場所を示しておくものなのに、昼にはそんな様子も見えなかった。なんとも不可解なことだ」と思っていると、たくさんの人々が集まって立ち並んで死人を葬るのは終わりました。その後、また、鋤や鍬等を持った下人達が数も分からないくらい出てきて、墓をただひたすら築いて、その上に卒塔婆を持って来て建てました。それから間もなく全て作り終わってから、多くの人々は帰りました。

この男はその後になってから、却って髪の毛が太くなったように感じ、恐ろしさは言い様もありませんでした。「早く夜が明けてくれ」と心細く、恐ろしい気持ちのままこの墓の方を見ていました。見ている内に、この墓の上が動いているように見えます。見間違いかと思ってよく見てみると、明らかに動いています。「どうして動いているんだ。奇妙なことだ」と思っていると、動く所から出てくる物がありました。見ると、裸の人が土から出てきて、腕や体についた火を吹き払い、立ち上がってこの男がいる小屋の方へ一目散に走ってきました。暗かったので何物かは見えなくとも、大きそうな物ということは分かりました。

その時に男は、「野辺送りの時には必ず鬼がいるという。その鬼が俺を喰らおうとして来ているのだ。どうしようもない、絶体絶命だ」と思い、また、「どうせ死ぬなら、この小屋は狭いから鬼に入られたら不利だ、入ってこられる前に鬼に向かって切りかかってやる」と思い、太刀を抜き払って小屋から飛び出して鬼に向かって走り、鬼をふつと切ると、鬼は切られて仰向けになって倒れました。

その時に、男は人里の近い方へ走って行きました。はるか遠くまで逃げて、ようやく人里に着きました。人家に立ち寄って門の脇に屈んで座っていると、夜が明けるのを待つのも心許ありませんでした。夜が明けてから男は、その郷の人達に会って、「こういうことがあったのでここまで逃げてきたのです」と理由を語ったので、郷の人達はこれを聞いて「なんて事だ」と思って、「そら、見に行くぞ」と言い、若い男達の中でも血気盛んな者を多数引き連れて行って見ると、昨夜野辺送りをした所には墓も卒塔婆もありませんでした。火が飛び散った様子も無く、ただ大きい野猪(くさいなぎ、*2)が切り殺されて転がっていました。実に奇怪なことでした。

この男が小屋に入るのを見て、野猪が驚かしてやろうと思って謀ったことなのでしょう。「つまらないことをして死んだ奴だよ」と皆は言い立てました。

だから、人里離れた野原の中などには人がいないのだから宿るべきではないのです。
男が上京して語った事を人伝てにこう語ったと語り伝えています。

【原文】

巻27第36話 於播磨国印南野殺野猪語 第卅六
今昔物語集 巻27第36話 於播磨国印南野殺野猪語 第卅六 今昔、西の国より脚力にて上ける男有けり。夜を昼に成して、只独り上ける程に、播磨の国の印南野を通けるに、日暮にければ、「立寄るべき所や有る」と見廻しけれども、人気遠き野中なれば、宿るべき所も無し。只、山田守る賤(あやし)の小さき庵の有けるを見付て、「今夜許は...

【翻訳】 長谷部健太

【校正】 長谷部健太・草野真一

【協力】草野真一

【解説】長谷部健太

今昔物語集にはこの手の「どうせ死ぬなら一矢報いてやろう」という展開が何度も出てくる。
また、当時の野辺送りの様子が分かる、民俗学的価値もある話。この時代にも飛脚がおり、広範な領域を支配する情報システムが構築されていたことが分かる。

*1…山田は山の中を開墾して切り開いた田で、そこの耕作や番をするための小屋。山の中は平地に暮らす人にとっては異界であり、人外の存在がいると信じられていた。
*2…狸の一種。

【参考文献】
日本古典文学大系『今昔物語集 四』(岩波書店)
『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』(講談社学術文庫)

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