巻二十八第十話 高僧にぶっぱなした近衛舎人の恥ずかしい話

巻二十八

巻28第10話 近衛舎人秦武員鳴物語 第十

今は昔、左近の将曹であって、秦武員という近衛舎人がおりました。(その人が)禅林寺の僧正前話にも登場)の御壇所(修行のために壇をしつらえた場所)におうかがいしたとき、僧正が中庭に呼びよせなさってお話などなさっていました。
武員は僧正の御前のうずくまり(中庭の庭石のようなもので、そこに跪いたりして御壇所の僧と対面したものと思われる)に長い間おりましたうちに、うっかり音も高々と放ってしまったのです。

僧正もこれをお聞きになり、御前にたくさんおりました僧たちもこれを聞いたのですが、□ことなので、僧正も何も言わず、僧たちも顔を見合わせてしばらくたった時、武員が左右の手を広げて顔を覆って、「マジで死にたい…」と言ったので、その声を聞いた途端、御前にいた僧たちは皆で爆笑したのでした。その笑いのどさくさに武員は立って走り逃げ去ってしまいました。武員は(それから)長らく僧正のところにおうかがいしなくなりました。

こういうようなことは、やはりリアルに聞いた時が面白いのです。時間が経つとかえって恥ずかしいことなのです、面白可笑しく話す近衛舎人、武員であるからこそ、このように「死にたい…」とも言えるのでしょう。そうでもないような人はとても苦々しい顔をして、何も言えずに座っているかもしれません。それは実に気の毒だ、と人が言っていた、と語り伝えられています。

禅林寺(京都市左京区)

【原文】

巻28第10話 近衛舎人秦武員鳴物語 第十
今昔物語集 巻28第10話 近衛舎人秦武員鳴物語 第十 今昔、左近の将曹にて、秦の武員と云ふ近衛舎人有けり。禅林寺の僧正の御壇所に参たりければ、僧正、壺に召入れて物語などし給けるに、武員、僧正の御前に蹲て久く候ける間に、錯て糸高く鳴してけり。

【翻訳】 中嶋庸子

【校正】 中嶋庸子・草野真一

【解説】 草野真一

この話で屁をかまされた僧正は、前話でいいかげんな弟子の発言に振り回されたのと同じ人、深覚である。笑い話によく登場する人であるが、僧正と位も高く、勅撰和歌集にも複数の歌が掲載されている歌人としてもエライ人である。エライからおもしろいんだけど。

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