巻28第8話 木寺基増依物咎付異名語 第八
今は昔、一条摂政殿(藤原伊尹)のお住まいになっていた桃園は、現在の世尊寺です。そこで摂政殿が、季の読経をなさる時に、比叡山延暦寺、三井寺、奈良のすぐれた学僧たちを選んで招請なさいましたので、皆参上いたしました。夕方の講座を待つ間に、僧たちは居並んで、ある者は経を読み、ある者は語り合ったりなどしていたのでした。
御殿の南に面した間を御読経所にしてあったので、その御読経所に並び座っている時に、南面の庭の築山や池などが、非常に風情があるのを見て、山階寺(興福寺の前身)の僧の中算が言いました。
「ああ、この御殿の木立(きだち)はよそとは似ても似つかぬことよ」
そばに木寺の基僧(きぞう)という僧がいて、これを聞くや、
「奈良の法師は、なんとものを知らないことだ。ものの言い方が下品だ。木立(こだち)を木立(きだち)と言っているようだな。心もとないことだ」といって、爪をはじきました(軽蔑を表す)。
中算は、こんなふうに言われて、「悪い言い方をいたしましたな。それじゃああなたさまを『小寺(こでら)の小僧(こぞう)』と申さねばなりませんね」と言ったので、その場にいたすべての僧たちは、皆これを聞いて声を上げてどっと笑ったのでした。
その時に摂政殿が、この笑い声をお聞きになって、「なにを笑っているんだ」とお尋ねになりましたので、僧たちは、ありのままに事情を申し上げました。
殿は「これは中算が『こう言ってやろう』とたくらんで、基僧の前でわざわざ言ったのだろう。基僧はそれに気づかず、罠にはまってそんな風に言われたのだ。格好悪いことだな」とおっしゃいました。僧たちはますます笑って、この後は基僧に「小寺の小僧」のあだ名をつけました。「くだらない咎めだてをしてあだ名がついてしまった」といって、基僧は悔しがりました。
この基僧は、□の僧です。木寺に住んでいるので、木寺の基僧というのです。中算は優秀な学僧でしたが、また、このようなとんちのきいた物言いをするのが面白かったと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 中嶋庸子
【校正】 中嶋庸子・草野真一



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