巻二十九第二十一話 貴人に扮した盗賊に捕らえられた話

巻二十九

巻29第21話 紀伊国晴澄値盗人語 第廿一

今は昔、紀伊の国の伊都郡(和歌山県橋本市)に坂上晴澄(さかのうえのはるずみ)という者がいました。武の道にかけては極めて隙のない男でありました。前司(前任の国司)平惟時朝臣(たいらのこれときのあそん)の郎等であります。

ある時、京に所用があって上京しましたが、敵として狙っている者がいまして、油断することなく、自分も弓矢を持ち、郎等たちにも弓矢を持たせるなどして、襲われる隙が無いように防備をかためました。
夜更けの町を用足しにでかけていく途中、下京辺りでにぎやかに先払い※1して馬に乗り連ねた公達の一行に出会いました。

声高に先払いをしてくるので、晴澄は馬から下りていますと、
「弓の弦を外して平伏しておれ」
と、わいわい言うので、あわてて弓の弦をみな外しました。額を土につけて全員が平伏し、「この公達方が通り過ぎられた」と思いました時、晴澄を始めとして郎等従者に至るまで、人がやって来て首根っこを押さえて押し倒したのです。
「これはまた、何をしようとするのか」と思って、顔をあげて見上げてみてみました。
公達と思っていた馬に乗った五、六騎の者は、甲冑を着け、弓矢を背負い、とても恐ろしげな様子で矢をつがえています。
「お前ら、少しでも動けば射殺すぞ」
何と、公達などではなく、強盗が化けていたのでありました。
それに気づいたが、実に悔しく情けない限りがありません。少しでも身動きしようものならば射殺されそうなので、ただ、こ奴らのするに任せて、打ち転がされたり引き起こされたりしてました。盗賊たちの思いのままに、一人残らず着物をみな剥ぎ取られました。盗賊たちは、弓も胡録(やなぐい)※2も馬も鞍も太刀も刀も、履物に至るまでことごとく奪い取って去って行きました。

平家公達草紙(南北朝時代、福岡市美術館)

そこで晴澄は、
「油断さえしていなければ、どんな盗賊であれ、おれにこんなはずかしめを見せるのはおれを殺した上でのことだ。力の限り戦って捕らえることも出来たろうに。それを、大声で先払いしてきたので、かしこまって平伏してしまったので、このような目に遭わされてもどうすることも出来ぬ。これは、わしが武士としての運がないための結果だ」
と言って、これから後は、一人前の武士らしい振舞いを止め、人の従者として勤めるようになりました。
されば、先払いしている人に出会っても、十分注意するべきだ、とこのように語り伝えているとのことでございます。

【原文】

巻29第21話 紀伊国晴澄値盗人語 第廿一
今昔物語集 巻29第21話 紀伊国晴澄値盗人語 第廿一 今昔、紀伊の国伊都の郡に、坂上の晴澄と云ふ者有けり。兵の道に極て緩(ゆる)び無かりけり。前司平の惟時の朝臣が郎等也。 京に事有て上たりけるに、身に敵有ければ、緩(たゆ)まずして、我れも調度負ひ、郎等共にも調度負せなどして、人に手懸けらるべくもなくて、夜深更(...

【翻訳】 松元智宏

【校正】 松元智宏・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 松元智宏

※1 先払い。貴人が往来を通るときに、前方の通行人などを追い払い、警護すること。「さき」とも言います。時代劇では「○○さまの御成ぁりぃ〜」とか、「下にぃ〜、したぁにぃ〜(江戸時代)」と声を上げている様子を思い浮かべてみましょう。

※2 矢を入れて背負う武具。

犯罪も多かった庶民の町、下京

貴族の行列のふりをした盗賊集団の言うままに平伏し、主従もろとも着衣、武具を剥ぎ取られる話。
うまく騙されてしまった晴澄さんですが、例えば「バガボンド」で描かれる宮本武蔵のように油断なく気を張り詰めていれば騙されることはなかったのだろうかと思ってしまう話です。
しかし、こうして話として残っているということは、盗賊の常套手段の一つだったのかもしれません。
物語の舞台となる下京は商業街区であり、民衆の町でした。京都御所があって富裕者が住む上京とは違う趣の町です。29巻は「悪行に付く」巻であり、犯罪が多く描かれるのですが、下京が舞台になることも多いですね。

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【参考文献】
新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)

この話を分かりやすく現代小説訳したものはこちら

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巻二十九第二十一話 紀伊国の晴澄、盗人に値ふ語 ima訳「今昔物語」 29-21  今も昔も、油断したつもりはない時に、人は油断してしまうものであります。  角を曲がる時さりげなく確認したが、間違いなく先ほどの男が尾けてきている。晴澄※1は弓に弦を張り、郎等にも弓矢をもたせ、防備を固めた。久しぶりの京都だ...
巻二十九
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今昔物語集 現代語訳

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