巻3第17話 羅漢比丘為感報在獄語 第(十七)
今は昔、罽賓国(けいひんこく)に一人の比丘(僧)がありました。深山で仏道を修して、羅漢果を得ました(聖者になった)。
そのころ、郷に一人の優婆塞(うばそく、在家信者)がありました。牛を失って探しているうち、山の羅漢のもとに至りました。優婆塞が見ると、羅漢の着ている黒い衣は、牛の皮のように見えました。部屋に置き散じた法文や聖典は、牛の肉を切ったもののように見えました。菜は、牛の骨のように見えました。
優婆塞はこれを見て思いました。
「私が失った牛は、この比丘が盗んだにちがいない」
帰ってこれを国王に申し上げました。国王は宣旨を下し、羅漢を捕え、監獄に入れました。羅漢の弟子たちは師を探しまわりましたが、見つけることができずに、十二年が過ぎました。
やがて、弟子たちはついに師を獄に見つけることができました。顔をあわせることができ、かぎりなく嘆き悲しみました。
弟子たちは国王に申しあげました。
「われわれの師は、すでに十二年、獄にあります。どういう罪かわかりませんが、この人は羅漢果を得た人です。舎利弗・目連・迦葉・阿難など(釈迦の十大弟子)と異なりません。われわれは探しまわりましたが、十二年の間、見つけることができませんでした。先日、ついに師が獄にあることを知り、会うことができました。願わくは大王よ、師を免してください」
大王はこれを聞いて驚き、使いを獄に遣って、尋ねさせました。使いが見たところ、獄には優婆塞のみあって、比丘のすがたはありません。この比丘は十二年間、頭を剃らなかったため長髪になり、自然と還俗したすがたになっていたのです。
「この獄に十二年入っている比丘はあるか」
使いが四、五度ほど呼ぶと、一人の優婆塞から答えがありました。優婆塞は獄の門を出ると、たちまち十八変を現じ、光を放ち、虚空に昇りました。
国王の使いは問いました。
「あなたは羅漢の聖者でありながら、なぜ獄に入れられたのですか」
「私は前世にあったとき、無実の人に罪を着せた。今世で羅漢果を得たが、そのときは報いは受けなかった。今ようやく、その罪を滅したのだ」
羅漢は光を放ちながら虚空に昇り、消えました。
使いはこれを国王に報告しました。国王はこれを聞いて、罪を恐れました。
花が咲けば、必ず果(種子)を生じます。罪には果があるものです。『阿含経』には、「自業自得果」と説かれています。心ある人は、罪を造ってはなりません。また、無実の人に罪を負わせてはならないと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一









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