巻三十第十二話 鹿の声で恋の歌を詠んだ女の話

巻三十

巻30第12話 住丹波国者妻読和歌語 第十二

今は昔、丹波の国(京都府中部、兵庫県北東部、大阪府北部)□郡に住む人がありました。田舎者ですが、心に情ある人でした。二人の妻を持ち、家を並べて住ませていました。

本妻はその国の人でした。その妻に不満を感じ、新しい妻は京から迎えました。そちらを大事にしたので、ふるい妻はさみしく思っていました。

秋になりました。北の方の山郷ですから、後ろの山の方で、たいへん哀れな声で鹿の鳴き声が聞こえました。男は新しい妻の家にいましたから、妻にたずねました。
「あの声を聞いてどう思うか」
「煎物(いりもの)にしても甘いし、焼物にしても美(うま)いです」
男は残念に思いました。
「京の人なら、こういうことには興味をもつかと思ったのに」
ふるい妻の家に行って問いました。
「今の鹿の声をどう思うか」
妻はこう詠みました。

われもしかなきてぞきみにこひられしいまこそこゑをよそにのみきけ

(私もかつては鹿が鳴くように声をあげるとあなたに恋されました。しかし今ではあなたの声をよそに聞いているだけです)

男はこれを聞いて、とてもいとしく感じました。あたらしい妻の言ったことも思い出され、気持ちが失われたので、京に帰してしまいました。ふるい妻と住みました。

田舎者であっても、男は女の心を知り、こういう行動をとることになりました。女も風雅を知る人だったからこそ、このような和歌を詠んだと語り伝えられています。

【原文】

巻30第12話 住丹波国者妻読和歌語 第十二
今昔物語集 巻30第12話 住丹波国者妻読和歌語 第十二 今昔、丹波の国□□の郡に住む者あり。田舎人なれども、心に情有る者也けり。其れが妻を二人持て、家を並べてなむ住ける。 本の妻は其の国の人にてなむ有ける。其れをば静(のどか)に思ひ、今の妻は京より迎へたる者にてなむ有ける。其れをば、思ひ増(まさり)たる様也けれ...

【翻訳】 葵ゆり

【校正】 葵ゆり・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 葵ゆり

歌は『新古今和歌集』巻第十五、恋歌五 1373 としてとりあげられている。

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巻30第11話 品不賤人去妻後返棲語 第十一今は昔、誰と言うことはできませんが、人品賤しからぬ君達受領(公達受領、位階は高いが地方の国司となった者)の年若い青年がありました。心に情があり、由緒正しく見えました。その人は年来いっしょに暮...

 

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