巻31第12話 鎮西人至度羅島語 第十二
今は昔、鎮西(九州)の人が、商いのために多くの人とともに船に乗り、知らぬ国に行って帰ってくる途上、鎮西の未申(南西)の方角のはるかな沖に大きな島を見つけました。人が住んでいる様子でしたから、船の者たちは言いました。
「ここにこんな島があったのか。島で船を下り、食事などしよう」
船を漕ぎ寄せ、その島で全員が下りました。ある者は島を見回し、またある者は箸のための枝を伐ろうとして、それぞれがわかれて行きました。
おのとき、山の方からたくさんの人が歩いて来る音が聞こえました。
「おかしい。このような知らない地には、鬼(怪物)が有るかもしれない。ここにいてはいけない」
みな船に急ぎ戻り、岸から離れて、山の方から歩んで来る者を、「何者か」と思ってじっと見ていました。烏帽子を折ってかぶり、白い水干袴をつけた者が、百人以上やってきました。船の者たちはこれを見て思いました。
「なんだ、人ではないか。恐れる必要はない。しかし、このような知らない土地では、彼らに殺されるようなこともあり得る。人数はかなり多い。近づかないほうがよいだろう」
さらに沖に離れると、島の人は海の間際にやってきて、船が遠ざかるのを見て、海にざぶざぶと入ってきました。船の者たちは、もともと兵で弓箭や兵仗を持っていましたから、それぞれに弓箭をとり矢をつがい言いました。
「我々を追ってくるおまえたちは何者だ。近づけば射つ」
島の者は防備も持たず、弓箭も持ちませんでした。船の者たちの多くが弓箭をかまえていたためでしょうか、ものも言わずしばらく眺めて、やがて山に帰っていきました。
船の者たちは思いました。
「彼らはどういうつもりで追いかけてきたのだろう」
わからなかったので、恐れをなし、島からはるかに去りました。
鎮西に帰ってから、このことを多くの人に語りました。そのうちの年老いた人が、これを聞いて言いました。
「それは度羅島という島だろう。その島の人は、人の形ちではあるが、人を食うという。よくわからず人がその島に入っていくと、島の民は集まり人を捕え、殺して食べると聞いている。あなたたちは賢い。船を島に寄せずに逃げた。近くに寄せていたら、たとえ百千の弓箭があったとしても、その連中につかまったなら、みな殺されていただろう」
船にあった者はこれを聞き、奇異に感じ、ますます恐れました。
人の中でもとりわけいやしい者で、人が食べないようなものを食す者を、度羅人と言います。船の者たちは、これを聞いてはじめてあれが度羅人であったことを知りました。これは、鎮西の人が京に上ったときに語ったことを聞き、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
度羅島とは済州島(韓国の島)のことではないかと考えられている。済州島には中世まで、朝鮮半島からは独立した国家・耽羅があった。耽羅とは谷村または民村であり、古代朝鮮語ではなく日本語に近い言語を話していたのではないかと言われている。


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