巻31第16話 佐渡国人為風被吹寄不知島語 第十六
今は昔、佐渡国(さどのくに)に住む者が大勢で一艘の船に乗り、出かけたところ、沖合でにわかに南風が吹き出し、矢を射るように船を北の方に吹き流しました。
船の者たちは「もはやこれまで」と観念し、櫓(ろ)を引き上げたまま、ただ風にまかせて流されていくうち、はるか沖の方に一つの島を見つけました。
「何とかして、あの島に着きたいものだ」と願っていると、思い通りにその島に流れ着きました。
「どうやら、しばし命は助かった」と思い、先を争って降りようとすると、島の中から人が出て来ました。
見れば、成人した男でもなく子どもでもなく、頭を白い布で包んでいます。
その人の背丈は、ものすごく高く、その様子は、とてもこの世のものとも思われません。
船の者たちはこれを見て、とても恐ろしい思いをしました。
「これは鬼に違いない。我らは鬼の住む島とも知らずに来てしまったのだ」と思っていると、その島の人が言うには、
「ここにやってきたのは、どういう者か」
と、訊きます。
船の者が、
「我らは佐渡国の者です。所用で船に乗って行く途中、にわかに暴風に遭い、思いがけずこの島に流れ着いたのです」
と答えます。
島の人が言うには、
「決してこの島に上がってはなりません。上陸しようものなら、ひどい目にあいますぞ。食い物だけは持ってきてやろう」
と言って、帰って行きました。
しばらくして、前と同じような者が十人余り出て来ました。
船の人たちは、「我らを殺すつもりだろう」と恐れをなし、この者たちの背丈のほどを見るにつけ、その力が思いやられ、震え上がる思いでした。
すると、島の者たちは近づいて来て、
「この島へ呼び上げてやりたいが、陸へ上げるとお前たちにとって良くないことになるから上げないのだ。これを食べながら、しばらく待っていれば、そのうち順風に変わるだろう。そのとき、もとの国に帰るなり、どこぞへ行くなりするがよい」
と言って、不動(ぶどう)というものと芋頭(いもがしら)というものとを持って来て食べさせてくれたので、腹いっぱい食べました。
不動(ぶどう)というものも、素晴らしく大きく、芋頭も普通のものより、ことのほか大きいものでした。
「この島では、これを常食としているのだ」
と、島の者は言いました。
その後、順風になったので、船を出してもとの国に帰って来ました。
だから、鬼ではなかったのです。
けれども、神などであろうかと疑いました。
「こんな不思議なことがあったのだ」
と、かの船の者たちが佐渡国に帰ってから語ったところ、聞く人もひどく怖がりました。
その島は外国ではなかったのでしょう。
言葉が日本語でした。
ただ、そこに住む人の体格が大きく、身なりが日本人とは違っていただけです。
このことは、ごく最近の出来事であります。
佐渡国にこういうことがあった、とこう語り伝えているということです。
【原文】
【翻訳】 柳瀬照美
【校正】 柳瀬照美・草野真一
【解説】 草野真一
佐渡島は「島」という呼称で呼ばれる地でもっとも大きなものだ。周辺には、小さな島がいくつもある。佐渡のように観光地化はしていないが、無人島ではないものも多い。ここで語られたのも、そのひとつと考えられる。正確な地図がなかった時代だから、島に漂着したらびっくりするだろう。船が原始的なので、本州とほとんど没交渉で独自の文化を育てている島も多かった。


【参考文献】
小学館 日本古典文学全集24『今昔物語集四』
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