巻三十一第十九話 つかないのに鳴る不思議な鐘の話

巻三十一

巻31第19話 愛宕寺鋳鐘語 第十九

今は昔、小野篁(おののたかむら)という人が愛宕寺(おたぎでら、六道珍皇寺)を建立し、その寺で使うために鋳物師に鐘を鋳させたところ、鋳物師が言うには、
「この鐘は撞(つ)く人がなくても、十二の時(今の二時間おきに十二回)ごとに毎回鳴るように造るつもりです。それには、鋳あげてのちに、土を掘って埋め、三年間そのままにしておく必要があります。今日からちょうど丸三年経った日のその翌日、掘り出さなくてはなりません。それをもし一日でも日数が足りず、またそれよりも日を遅らせて掘り出したならば、今申したように、撞く人なしに十二の時ごとに鳴るようにはなりません。そういう細工をしてあるのです」
と言って鋳物師は帰って行きました。

六道珍皇寺(京都市東山区)

そこで土を掘って埋めたのですが、その後、この寺の別当(べっとう・寺務を統括する役の僧)である法師が、二年を過ぎ、三年目が来て、まだその日にもならないのに、どうにも待ちきれず、鋳物師の言ったように本当に鳴るかどうかも心配だったので、浅はかにも掘り出してしまいました。
そのため、撞く人もなしに十二の時ごとに鳴るような鐘ではなく、ただの普通の鐘で終わりました。
「鋳物師の言ったように、決められたその日に掘り出したならば、撞く人なしに十二の時ごとに鳴ったであろうに。そんな具合に鳴ったなら、鐘の音の聞こえる所では時刻もはっきり分かり、素晴らしかったであろう。別当はじつに残念なことをしてくれた」
と、当時の人は言って、非難しました。

このように、せっかちで忍耐力のない人は、必ずこのようなやりそこないをするものです。
愚かで約束を守らないことの結果であります。

世間の人はこれを聞いて、決して約束を破るようなことをしてはならない、とこう語り伝えているということです。

六道珍皇寺の迎え鐘。冥土にまで響く鐘として現在も信仰を集めるが、残念ながらつかないと鳴りません

【原文】

巻31第19話 愛宕寺鋳鐘語 第十九
今昔物語集 巻31第19話 愛宕寺鋳鐘語 第十九 今昔、小野の篁と云ける人、愛宕寺を造て、其の寺の料に鋳師(いもじ)を以て鐘を鋳させたりけるに、鋳師が云く、「此の鐘をば、搥(つ)く人も無くて十二時に鳴さむと為る也。其れを此く鋳て後、土に掘埋て、三年有らしむべき也。今日より始めて、三年に満てらむ日の其の明む日、掘出べ...

【翻訳】 柳瀬照美

【校正】 柳瀬照美・草野真一

【解説】 柳瀬照美

小野篁は、蔵人、大宰少弐、刑部大輔、陸奥守、東宮学士などを経て、参議、左大弁、そして従三位になった広才の人。詩歌・書道に通じ、広野相公、野宰相と呼ばれた。
遣唐副使に任じられたが、大使との確執から辞任し、流罪に処せられたこともある。
あの世とこの世の官を兼任していたという伝説を持つ。

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【参考文献】
小学館 日本古典文学集24『今昔物語集四』

巻三十一
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今昔物語集 現代語訳

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