巻三十一第二十話 出世のために大岩を砕いた僧の話

巻三十一

巻31第20話 霊巌寺別当砕巌廉語 第二十

今は昔、北山霊厳寺(りょうがんじ)という寺がありました。
この寺は、妙見菩薩(みょうけんぼさつ)がお姿を現し給う所であります。

寺の前に三町(さんちょう・約327m)ほど離れて大岩があり、人がかがんでやっと通れるくらいの穴が開いていました。
あらゆる人がこぞって参詣し、霊験あらたかな寺であるから、数々の僧房が建ち重なり、この上なく富み栄えていました。
ところが□□天皇が御目をお病みになったので、かの霊厳寺に行幸あるか否か、会議の題目に上げられたのですが、「あの岩石があるため、御輿(みこし)はとても通れそうもないから、行幸は思い止まるべきである」と決められたのでした。

その寺の別当(べっとう・寺務を統括する役僧)はこれを聞き、「行幸があれば、わしは必ず僧綱(そうごう・全国の僧尼を統括する僧官)に任ぜられるのに、行幸がないとなれば、僧綱に任ぜられる見込みはなかろう」と思い、行幸をあらせようとするがゆえに、
「あの岩石を打ち壊してしまおう」
と言って、人夫をかり集めて多くの柴を刈らせ、この岩石の上下に積み上げさせて、火をつけて焼こうとしました。
すると、その寺の僧の中でも年老いた者たちは、
「この寺が霊験あらたかなのは、この岩石があるからだ。それなのに、この岩を打ち壊したならば、霊験が失われて、寺が廃れてしまうだろう」
と言い合って嘆きました。
けれども、ときの別当は自分の出世のために是が非でもと計画したことなので、寺の僧たちの言うことなど聞きません。
耳をも貸さず、その刈り積んだ柴に火をつけて焼きました。
こうして岩を熱しておいて、大きな鉄槌で打ち砕いたので、岩は粉々に砕け、四方へ飛び散りました。
そのとき、岩の砕けた中から百人ほどの声で、いっせいにどっと笑う声が聞こえました。寺の僧たちは、
「大変なことをしてくれた。この寺は荒廃するに決まった。魔の者にたばかられて、こんなことをしでかしたのだ」
と言って、別当を憎み罵りました。
岩石はなくなりましたが、行幸もなかったので、別当は何にも任じられずに終わりました。

その後、別当は寺の僧たちに憎み嫌われて、寺にも寄りつけなくなりました。
それ以来、寺は荒れに荒れて、堂舎も僧房もみな失われてしまったので、僧一人住むことなく、のちには木こりの通う道となってしまいました。

これを思うに、何ともつまらぬことをした別当ではあります。
僧綱になるべき宿報がないからには、思い通り岩石をなくしたところでなれるはずがありましょうか。
知恵のない僧だったのでしょう。
愚かにもそれに気づかず、自分も僧綱に任じられなかっただけでなく、尊い霊験のある所をなくしてしまったとは、情けないことであります。
されば、霊験というものも、どのような場所であるかによって(この寺では大岩があったことで)現れるものだ、とこう語り伝えているということです。

【原文】

巻31第20話 霊巌寺別当砕巌廉語 第二十
今昔物語集 巻31第20話 霊巌寺別当砕巌廉語 第二十 今昔、北山に霊巌寺と云ふ寺有けり。此の寺は妙見の現じ給ふ所也。 寺の前に三町許去て、巌廉(いはかど)有りけり。人の屈(かがみ)て通る許の穴にてぞ有ける。万の人、皆参り仕りて現新た也ければ、僧房共数(あまた)造り重ねて脺(にぎは)しき事限無し。

【翻訳】 柳瀬照美

【校正】 柳瀬照美・草野真一

【解説】 柳瀬照美

妙見菩薩とは、北斗七星に対する信仰から、それを菩薩化したもの。国土を守り、貧窮を救い、一切諸願を満たすと言われる。

妙見菩薩(高野山真別所円通寺本 図像抄)

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【参考文献】
小学館 日本古典文学全集24『今昔物語集四』

 

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今昔物語集 現代語訳

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