巻4第13話 天竺人於海中値悪竜人依比丘教免害語 第十三
今は昔、天竺の人は、道を行く時は必ず比丘(僧)をつれていたといいます。仏法の加護があるためです。
昔、ある人が商いのために船に乗り、海に出ました。にわかに悪風が吹いて、船を海の底へ巻き入れようとしました。梶取(船長)が船の下を見ると、一人の優婆塞(うばそく、在家信者)があります。梶取は問いました。
「おまえは誰だ」
「私は竜王だ。おまえの船を海底にひきずりこもうと思っている」
梶取はさらに問いました。
「どうして私たちを殺そうとするのか」
「おまえの船に乗っている比丘は、前世、私が人だったころ、私の家にいた比丘だ。朝暮に私の供養(世話)を受け、何年も過ごしたというのに、私に呵嘖(かしゃく、とがめてしかること)を加えず、罪業をつくらせた。私が今、蛇道に堕したのはそのせいだ。一日に三度、剣で切られている。これはまさに比丘の罪だ。それをとてもくやしく情なく思っているから、比丘を殺してやろうと思っている」
梶取は言いました。
「おまえは蛇身を受けて、三熱の苦(蛇身が受ける苦しみ)を受け、毎日、剣で切られている。前世に悪業を犯したためだ。今、人を殺せば、さらに罪業は深くなる。なぜそんな愚かなことをするのか」
竜王は答えました。
「昔を思いやっても、覚えていることはほとんどない。ただ、あの比丘が私に忠告せず、罪をつくらせ、悪業を得て、今、苦を得ていることは間違いない。それがとても情ないので、殺そうと思っている」
梶取は言いました。
「一日一夜、ここにとどまりなさい。法を聞かせて、おまえを蛇道から救い出してやろう」
竜王はこれにしたがい、一日一夜とどまりました。比丘は経を誦し、竜王に聞かせました。竜王はこれを聞いて、蛇身を転じ、天上に生まれました。
されば、親しい人には「常に善根を修せ」と教えるべきであると語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 柴崎陽子
【校正】 柴崎陽子・草野真一
【協力】 草野真一
【解説】 柴崎陽子
「竜王」と聞くとわたしたちはどうしてもあの龍を思い浮かべてしまいますが、竜王とはNaga、コブラを神格化したものだといわれています。中国にはコブラがいないので、漢訳の際「龍」があてられたそうです。
この話はまさに、「大いなる蛇の神」としての竜王が描かれています。
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