巻4第38話 天竺貧人得富貴語 第卅八
今は昔、天竺に一人の人がありました。身分の高い人でしたが、とても貧しく、生きていくことさえ困難でした。物乞いをして命をつないでいましたが、人はみな門を閉じ、彼を寄せつけませんでした。彼はとても歎き悲しみました。
薬師の霊験がある寺に詣で、心をつくして仏を廻り奉り、前世の悪業を懺悔しました。五日間、断食し、仏の御前で合掌していると、夢のように美しく荘厳な人が現れました。小さい比丘(僧)でした。その人が告げました。
「あなたは心をつくして前世の悪業を懺悔しました。それゆえ宿業が滅しました。必ず富を得られるでしょう。父母の旧宅に行ってみなさい」
夢からさめて、その教えのとおりに父母の旧宅に行きました。壁は崩れていましたし、梁(はり)だった木がむきだしになって腐っているばかりです。すこしの間もとどまれるようなところではありませんでしたが、お告げを信じて2日間泊まりました。そののち杖で地を掘ってみると、財宝が出てきたのです。
しばらくこれを生活の糧としていましたが、財宝は次々に見つかり、一年もたつと富貴の人になっていました。
もともとこの人の父母は、多くの財をもつ豊かな人でした。しかし、この人は前世に悪業があったため、親の財を得ることができず、貧しい暮らしをしていたのです。仏の助けによって、父母がたくわえた財を得ることができたと伝えられています。
【原文】
巻4第38話 天竺貧人得富貴語 第卅八
今昔物語集 巻4第38話 天竺貧人得富貴語 第卅八 今昔、天竺に一人の人有り。種姓は高けれども、身貧しくて、世を過すに力無し。然れば、常に人の家に行て、物を乞ひつつ命を継げり。人、皆門を閉て寄せねば、歎き悲む事限無し。
【翻訳】
西村由紀子
【校正】
西村由紀子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
西村由紀子
インドにはカースト制度がある。この人はクシャトリヤ(王族・武人階級)、王にもなれる身分でありながら貧窮していた。業によって、親の財を受けることができなかった。それがあることさえ知らなかった。
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