巻7第10話 震旦并州石壁寺鴿聞金剛般若経生人語 第十
今は昔、震旦の并州(山西省太原周辺)に、石壁寺(石壁山玄中寺か)という寺がありました。そのお寺には一人の老僧が住んでいました。若い頃から三業を犯すこともなく、常に法華経と金剛般若経を読誦し、怠ることはありませんでした。
ある時、この僧が住んでいる房の軒に鳩がやって来て巣を作り、二羽の子鳩を生みました。僧はこの子鳩を愛でて食事の度に自分の食物を巣に持っていって分け与え、子鳩を養いました。子鳩は少しずつ成長しましたが、まだ羽が生え揃いもしないうちに飛んでみようとして巣から飛び立ち、しかしながらやはり飛ぶことができず、地面に落ちて二羽とも死んでしまいました。僧はこれを見てあまりにも可哀想だと思って嘆き悲しみ、すぐに土を掘って子鳩を埋めて葬ってやりました。
その後三ヶ月ほど経った頃に、この僧の夢に二人の幼い子が出て来て、僧に向かって言いました。
「私たちは前世で少しばかり罪を犯したことにより、鳩の子に生まれて聖人の房の軒におりました。聖人に養っていただき、すくすくと成長しました。そして巣から飛び立とうとしたところ、思いがけず地面に落ちて死んでしまいました。ですが、聖人が常に『法華経』や『金剛般若経』を読んでおられたのをお聞きしていた功徳により、人間界に生まれることになりました。このお寺から十里ほど(約5キロ)離れたところにある、某郷某県某の家に生まれるところなのです」
そこで目が覚めました。
その後十ヶ月過ぎた頃、僧は先のあの夢が真実であったかどうか確かめようと思って、夢に出てきた所を調べて訪れ、尋ねましたところ、「ある家に女性がいて、同時に二人の男児を生んだ」と聞き及びました。その家に行きますと、確かに二人の男児がいました。僧が子たちに向かって「おぬしらはあの子鳩たちなのか」と呼びかけますと、二人の子どもはそろって「そうです」と答えます。
僧は子どもたちの返事を聞き、また、夢で見たところと全く違うところがありませんでしたので、子どもたちは子鳩の転生であると分かり、言いしれない哀れな悲しさをおぼえました。そこで母親に向かって元々どんなことがあったか、そして僧がどんな夢を見て尋ねてきたのかを語りました。母親も、この家の人々も、この話を聞いて涙を流し、この上なく感じ入りました。僧はこの家の人々と今後とも深く親交しようと互いに約束してもとの寺へ帰りました。
このことから思いますには、全ての僧は、読誦をする時に様々な鳥や獣が見えたなら、必ずそれらにも経を読んで聞かせるべきでしょう。鳥や獣はものごとの是非善悪を分別する知恵が無いとはいえ、仏法を耳に入れればこのように必ずご利益を受けると語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※三業…身業(殺生、偸盗、邪淫)・口業(妄語、綺語、悪口、両舌)・意業(貪欲、瞋恚、愚痴)のことで人の身体の動作、話すこと、意識の全てにおける悪業(十悪)を指し、身口意(しんくい)と呼ばれる
※法華経…妙法蓮華経
※夢…死後の世界、或いは過去世、来世を教える神秘なものとされていて、神や三宝の霊験に結び付けて語られる


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