巻七第十一話 唐の皇帝が仁王経を講じて雨を降らせた話

巻七

巻7第11話 震旦唐代依仁王般若力降雨語 第十一

今は昔、震旦の唐の代宗皇帝(唐の八代皇帝、玄宗皇帝の孫)の御代で、永泰元年(765年)の秋、国内全土に雨が全く降らず、大干ばつとなって、あらゆる草木がみな枯れてしまい、大臣や多くの役人を始めとする国中の人民がことごとくこの上なく嘆き悲しみました。

代宗

その時、代宗皇帝は心中で、仏法の力によって雨を降らせることができるに違いないとお思いになり、八月二十三日に詔を出して資聖寺、西明寺の二つの寺に百人の僧をお招きになり、新たに翻訳された仁王般若経を講説させることにし、三蔵法師不空をその最高責任者であるところの総講師に任じました。

不空(14世紀、東京国立博物館)

そうして九月一日まで続けましたところ、黒雲が空高く広がって、天の甘露かと思われるような恵みの雨が国中に降り注いだのです。国内全土が潤い、枯れうせてしまっていた草木も皆再び活き活きと生い茂るようになりました。その様子に、皇帝を始めとして大臣、全ての役人、国中の全ての人民は甚だしく歓喜しました。

そのため、仁王般若経の人智を超えた威力が信じられるようになりました。その後、羌や胡などの異民族が辺境から侵略してきたり、都にまた星の異変が生じるようなこともありました。その時にも宮廷では仁王般若経二巻を持ち出して、国内に仁王般若経を講説する道場を百ヶ所設けましたところ、どの場合においても、霊験あらたかであったと、語り伝えられています。

【原文】

巻7第11話 震旦唐代依仁王般若力降雨語 第十一
今昔物語集 巻7第11話 震旦唐代依仁王般若力降雨語 第十一 今昔、震旦の唐の代宗皇帝の代に、永泰元年と云ふ年の秋、天下に雨降らずして、諸の草木、皆枯れ失せて、大臣・百官より始めて人民、皆歎き悲む事限無し。

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香

※資聖寺…浙江省寧波西南、四名山の一峰、雪竇山(弥勒菩薩の聖地として名高い山)にある禅寺

雪竇山

※西明寺…三代目の高宗皇帝が顕慶三年(658年)に長安に建立した寺

※新たに翻訳された仁王般若経…不空訳の仁王護国般若波羅蜜多経(二巻)。旧訳は仏説仁王般若波羅蜜経

※三蔵法師…大蔵経の三部門、経蔵・律蔵・論蔵8に精通した僧のこと

※不空…金剛智(中国密教の祖師であり、開元三大士の一人)の弟子。共に中国に渡って訳経に従事した

※羌…中国北西部に住んでいた民族で五胡(中国の3 – 4世紀に、北方や西方から中国に移住した匈奴・鮮卑・羯・氐・羌の5つの非漢民族)の一つ

※胡…中国の北方や西方に住む遊牧民の蔑称

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