巻七第十四話 土の下から唇と舌が現れた話

巻七

巻7第14話 震旦法花持者現脣舌語 第十四

今は昔、震旦の北斉の武成皇帝(解説参照)の御代に、并州の東にある看山という山のふもとで、一人の人が地面を掘っていました。すると一か所、土が淡黄色に見えるところがありました。この人がこれを不審に思ってまじまじと観察してみますと、人の唇によく似ているのです。その中には舌もあり、鮮やかな赤い色をしていました。

周囲の人々も皆これを見て異様に思い、皇帝陛下にこの次第を申し上げました。陛下は国中に広くこのことを尋ねさせましたが、これについて知っているという人は誰一人として出てきませんでした。

その時、一人の沙門が申し出ました。曰く、「それは法華経を読誦したことで六根が朽ち破れなくなった人の唇と舌です。法華経を読誦することが千回に満ちますと、その霊験がこのように顕れるのです」皇帝はこれをお聞きになって驚き、尊ばれました。

すると、それを聞いて法華経を篤く信仰する人々がこの唇と舌のところに寄り集まってきて周りをとり囲み、法華経を読誦しようとしました。皆が僅かに声を発し始めたところ、この唇と舌が読誦に合わせて動き、声を出すのです。それを見た人は、身の毛がよだち、「有り得べきことではない」と思いました。

そこでこのことを再び皇帝陛下に申し上げました。すると陛下は詔をお出しになり、石の箱を持って行かせてその中にこの唇と舌を納め、周囲を塗り込めた室に移し置かれたと、語り伝えられています。

【原文】

巻7第14話 震旦法花持者現脣舌語 第十四
今昔物語集 巻7第14話 震旦法花持者現脣舌語 第十四 今昔、震旦の斉の武成の代に、并州の東の看山の側に、人有て、地を掘るに、一の所を見るに、其の色、黄白也。人、此れを怪むで、善く尋ね見れば、其の形、人の上下の脣に似たり。其の中に舌有り。鮮にして、紅赤の色也。人、皆此れを見て、怪むで、帝王に此の由を奏す。帝王、此の...

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香

北斉(ほくせい、550年 – 577年)…中国の南北朝時代に高氏によって建てられた国。国号は単に斉であるが、春秋戦国時代の斉や南朝の斉などと区別するために北斉・高斉と呼ぶ

武成皇帝…北斉の第四代皇帝。天平四年(537年)東魏の高歓の九男に生まれる。天保元年(550年)兄、文宣帝の北斉建国で長広王になり、天保十年(559年)、文宣帝が死去して高殷が即位すると太尉に転じた。孝昭帝の政権奪取に協力し、皇建二年(561年)孝昭帝の死後即位した。贅を尽くし民を賦役に駆り立てるなど、暴君として悪名高かった。河清四年(565年)長男の高緯に帝位を譲り、太上皇帝となった。天統四年(568年)、鄴宮の乾寿堂で死去。享年三十二歳

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有難い法華経の霊験が顕れたかと思いきや、身の毛もよだつ怪談話に…挙げ句の果てに封印された唇と舌はその後どうなったのか。武成皇帝の暴君ぶり、北斉の栄枯盛衰と絡めたホラー映画が作れそうですね。

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今昔物語集 現代語訳

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