巻7第18話 震旦河東尼読誦法花経改持経文字語 第十八
今は昔、震旦の河東(山西省)という所に誠心誠意仏道を修行する尼がいました。常に心身を清浄に保ち、長年法華経を読誦し続けていました。
あるとき、法華経を書写しようと考え、人に頼んで書写してもらうことにしました。そこで、一人の書き手に丁重に依頼し、謝礼も増やしました。特別に清浄な場所を設けて、法華経を書く部屋に定めました。
書き手が一度でも立ってその部屋の外に出れば、戻る前に沐浴し、香を焚きしめたうえで改めて部屋に戻り、書写を続けるのです。また、その部屋の壁に穴を開けて竹筒を通し、書き手が息を吐くときには、その穴を通じて息を出させるのでした。このように清浄な状態で、決められた通り書写し、八年かかってようやく七巻すべて(法華経はかつて全七巻だった。のちに全八巻)を終えました。これを心を込めて供養した後、この上ないほど恭しく礼拝しました。
そのころ、龍門という寺に法端という僧がいました。この寺で多くの僧を集めて法華経の講を行おうとして、「あの尼が身から放さず信仰している経を借りて、講ずることにしよう」と思いました。法端が尼に経を借りたいと頼みましたところ、尼は経をひどく惜しんで、法端に渡しませんでした。法端がどうしてもお借りしたいと丁寧に何度も繰り返し言ってよこしたところ、尼は「仕方がないので貸そう」と思うようになりましたが、使いの者には渡さずに、自ら経を龍門の寺に持参して、法端に渡して帰りました。
法端は経が手に入ったので喜び、多くの僧を集めて法華経の講を行おうとしました。ところが、経を開いて見てみますと、黄色い紙があるばかりで、文字は一字も書かれていません。これを見て不思議に思い、他の巻を開いてみましたが前の巻と同じことでした。結局七巻すべて同様に文字は一字も見られなかったので、法端はこれを奇異に思って、集まった僧たちにも見せました。僧たちも経を見てみましたが、やはり法端と同様に文字を見ることは出来ませんでした。
そのとき法端と僧たちは驚き恥じて、経を尼のもとに送り返しました。尼はこれを見て嘆き悲しみ、貸さなければ良かったと後悔しましたが、何の甲斐もありませんでした。
そこで、尼は泣きながら香水で経を入れる箱をすすいで、自分も沐浴し、経を恭しく捧げ持って、花をまき、香を焚いて仏の廻りを歩き続け、少しの間も休むことなく七日七晩、誠意を尽くして祈りました。
その後、箱を開けて経を見てみましたところ、元のように文字が現れていました。尼はこれを見ると嬉し涙を流しながら、経を心を込めて供養し奉りました。
「このことから思うに、僧であっても、経の文字がお隠れになったのは、誠の心がなかったのでしょう。尼であっても、祈りによって経の文字を元のように現すことができたのは、誠の心が深くあったからなのでしょう」とその時の人々が口々に言ったと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一

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