巻七第十九話 霊廟で神と語った僧の話

巻七

巻7第19話 震旦僧行宿太山廟誦法花経見神語 第十九

今は昔、震旦の隋の大業の時代(605年〜618年)、一人の僧がいました。「仏法を修行しよう」と思ってここかしこと遊行していましたところ、太山(泰山)の霊廟に至りました。

太山(泰山、山東省)

「ここで宿を借りよう」と思っていますと、霊廟の番人が出て来て、「ここには廟堂以外に建物がないゆえ、廟堂の廊下にて休むのがよろしかろう。しかしながら、これより前にこの霊廟で宿を借りた者は皆死んでしまわれましたよ」と言いました。僧は「死ぬということは、人が皆いずれ必ず訪れる道ですから、私はそれを気にやんだりはいたしません」と答えました。すると番人は僧に床を与えましたので、僧は廊下で一夜を過ごすことにしました。

夜更けて、静かに経を読誦していますと、堂内で珠の触れ合う音が聞こえました。何事かと驚き怪しんでいると、気高く高貴な神がお出でになり、僧に向かって丁寧に挨拶なさいました。僧は申しました。「聞くところによれば、『この廟に宿を借りた人が多く死んだ』とのことです。どうして神が人に害を与えるなどということがあるでしょうか。神よ、どうか私をお守りください」神は僧に答えて仰いました。「我が人を害することなど、さらさらない。ただ、我が出でくると、人はその音を聴いただけで恐れのあまり自然に死んでしまうのだ。師よ、頼むから我を恐れないでくれ」僧はそれを聞いて申しました。「それならば、神よ、どうぞ近くまでお越しになり、お掛けください」

神は僧の近くに座をしめ、まるで人であるかのように語られました。僧は神に問いました。「世間の人々が語り伝えているところによれば、『太山府君(泰山府君)は人の魂を支配する神である』とのことですが、これは本当の事でしょうか」神は仰いました。「その通りだ。おぬしはこれまでに死んだ人で会いたい人があるのではないか。そうであろう」僧は「かつて共に学び、もう亡くなった二人の僧がいます。私は彼らに会いたいと思います」と答えました。神は「その二人の姓名は何だ」とお尋ねになったので、僧は二人の姓名を詳しく申しあげました。神は「一人はすでに転生し、人間界に戻っている。もう一人は地獄におり、極めて罪が重くて会うことはできない。しかしながらおぬしが見たいのであれば、我について来れば地獄へ連れ参ろう。そこでこの僧を見ることができるだろう」と仰せになりました。

僧は喜んで神と共に門を出ました。それほど行かない内にある所に着きました。そこではごうごうと炎が高く燃え盛っています。神は僧を一つのところにお連れになりました。そこから遠く彼方を見やると、一人の人が火中に投ぜられています。言葉を話すこともできず、ただ苦痛の余り叫んでいました。その姿形は人にはとても見えず、血肉の塊のようでしかありません。見ていると気が動転し、怖ろしくてなりませんでした。神は僧に「この者がおぬしが共に学んだ僧だ」とお告げになりました。僧はこれを聞いて深く哀れみの心を覚えましたが、神はもう他のところを巡ることもなく引き返されましたので、僧もついて帰りました。

僧が気づくと、元の廟に戻って神の近くに座していました。僧は神に申しました。「あの共に学んだ僧をなんとか救いたいと思います」神は仰せになりました。「すぐに救ってやりなさい。彼のためによくよく法華経を書写し奉りなさい。そうすれば彼の罪はすぐに免除されるだろう」

僧は神の教えに従い、廟堂を出ました。朝になり霊廟の番人がやって来ると、僧が死んでいないのを見て訝しく思いました。僧は昨夜あったことを番人にありのままに詳しく語りました。番人は「これは驚くべきことだ」と思って帰りました。

その後、僧は元々住んでいた場所に戻ってさっそく法華経一部を書写し、共に学んだ僧のために供養し奉りました。

そしてその経を持って霊廟に行き、前回同様に宿を借りました。その夜、神はこれも前回同様に御姿を現されました。神は僧を見て大層お歓びになり、丁寧に挨拶し、僧がやって来たわけを問いました。僧は答えました。「私は共に学んだ僧の苦を救いたいと思い、法華経を書写し、供養し奉りました」神は仰せになりました。「おぬしがあの僧のために法華経を書き写し始めた日に、彼はすでに苦を免れた。今は転生して間もない」

僧はこれを聞いてこの上なく喜んで、申しました。「この経を霊廟の中に安置し奉りましょう」神は仰せになりました。「ここは浄い所ではないので、経を安置するのは止しなさい。故郷に戻ってその経を寺に送られよ」

このように長い時間お語りになって、神が堂の奥にお入りになられたので、僧は故郷に戻って神の御言葉に従って経を寺に送りました。

このことから、高貴な神と申せども、僧に礼を尽くされるものだとわかります。この僧より以前に霊廟に行った人々は確かに亡くなったわけですが、この僧だけは、神からも礼を尽くされて、共に学んだ僧を苦から救い出すこともでき、故郷に帰られたのは貴いことであったと語り伝えられています。

歴史的建造物や石刻が多くある。世界遺産

【原文】

巻7第19話 震旦僧行宿太山廟誦法花経見神語 第十九
今昔物語集 巻7第19話 震旦僧行宿太山廟誦法花経見神語 第十九 今昔、震旦の隋の大業の代に、一人の僧有て、「仏法を修行す」とて、所々に遊行する間、太山の廟に行き至ぬ。 「此の所に宿せむ」と為るに、廟令と云ふ人、出来て云く、「此の所に別の屋無し。然れば、廟堂の廊の下に宿すべし。但し、前に此の廟に来り宿する人、必ず...

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

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